あの川の向こう岸はアテネだった
大岩のスタート台を蹴って
抜き手で瀬をわたる
空には虹のような五輪の雲
つかめそうでつかめない
すべてが美しく
すべてが遠かった
川上の瀬をスタートして
川下の浅瀬がゴール
クロールに背泳ぎに平泳ぎ
ときには犬かき
さお竹の棒高跳び
つけもの石の砲丸なげ
レスリングに相撲
毎日がオリンピック
水をける砂をける空をける
ホップにステップにジャンプ
砂の記録はいくども書きかえられ
風とともに消え失せる
勝者も敗者も
砂のベッドで息たえる
ただ流れる雲を追っている
どこの果てへ行きつくのかもわからない
ときには空の切れまに落ちそうになる
いつしか
浮遊する雲のひとつになっている
ぼくらの夏にメダルはない
オリンポスの太陽に焼かれるだけ
砂の栄光にまみれるだけ
ぼくらは何ひとつ残さない
ぼくらは夏も残さない
あの夏は
どこへ行ってしまったのだろう
川岸にはスーパーマーケットができ
ぼくらのアテネは道路になった
車が走りぬけるこの道は
あのローマに通じているのだろうか
もうすぐマラソンランナーたちがゴールする
アテネはどこにあるのだろう
(2004)