風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

2010年04月22日 | 詩集「母の肖像」
Batta


おとうさんは帽子と靴だけになって
夏はかなしいですね
おかあさん


虫は人になれないけれど
人は虫になれる
と母は言う
両手と両足を地べたにつける
そうやって虫の産声に耳をすますだけでいい
生まれたばかりの
透きとおった翅のままで虫は
すすきの葉のように体をまっすぐに伸ばした


夏はおもいっきり雌になって
わたしの体は緑色にふくらんでいる
雄になりたいきみ
足を折り曲げて後ずさりばかりしないで
枯れたハルジオンの上を跳んでおいでよ
翅が茶色くなるまで交尾して
きみの夏がすっからかんになったら
薄っぺらな翅だけ残して
全部わたしが食べてあげる


胡瓜の蔓に嘔吐したり
ときには西瓜の夢にうなされても
雌たちは生きつづける
幾度かの夕立のあとに
虫は土に還ってしまうが
地べたを踏んばったままの母とわたし
ことしも夏にとり残される


これが虫の夏さ
帽子も靴もありゃしない
すっからかん


おかあさん
帽子がいま何かしゃべりましたよ


(2005)






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