ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体はそのまま夜空へあがってゆく
闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった
おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいない
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らす
おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ
おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ
おじさんはかならずVサインして
ヒューヒューヒューと勢いをつける
なのに
おじさんの花火はいつも同じだった
…もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
…でもやってみよう
…いっぱつナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った
ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
大きな銀河が斜めに流れている
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
夜空は夜空のまんまだった
そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかすかな音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた
おじさん…
ぼくたちの夏が終った
(2005)