てんとう虫
背中に負った
ななつの星が重すぎて
飛翔しても
飛翔しても落ちる
てんとう虫の
小さな宇宙
広くて大きなものの中で
あまりにも小さく生きている
てんとう虫の恍惚と不安
だから
落ちても落ちても飛翔する
宇宙の外へ
飛びだしてゆく
*
虫の季節
草の匂いがした
土の匂いがした
水の匂いがした
山は崩落し川は氾濫した
うつむいて日陰ばかり歩いていたら
虫になってしまった
鳴くこともできず
飛ぶこともできず
交尾の仕方もわからず
それでも弱い人間なので
虫になれた
虫の一生は
ひと夏よりも短い
ひたすら太陽のしずくを吸った
いのちの味は甘美だった
風に翅を奪われると
虫たちは
ついと死んだ
生き残ったのは
虫になった人間ばかりだ
なつかしい日陰の匂いがした
やっと我にかえり
必死で脱皮しようともがいた
*
ディスタンス
虫は
しゃくとり虫は
空へと伸びる木の高さを知りたい
木の動かないことを探りたい
遥かなものを
引きよせ引き離ししながら
木になろうとする
木の生長よりも早く
葉脈の先にたどり着いたあとに
なお宙空に伸びようとして
虫は
自らを測り損ねて
そのまま落ちてしまった
虫は自問する
私は私を測り終えたのか
私の労役は
一本の木として報われたのか
しゃくとり虫は再び
もとの木に戻り
もとの虫に戻った
*
蜥蜴(とかげ)
人間になったときに
長いしっぽは捨てたはずだったが
ゆうべまた
しっぽが生えてきたので
もういちど蜥蜴になろうと決心した
体が楽になったのは
まっすぐで生きられるからだろう
草の川と 光の風をあびながら
縞もようの風景をすり抜ける
背中が陽に染まる
風に染まる
水に染まる
わきあがる色を吐き出したら
蜥蜴は
小さな虹になった
きゅうに地球がやさしくなる
そんな一日はきっと短い
目が覚めたら
地球の裂けめから這いだしていく
そのとき蜥蜴は
まだ蜥蜴の朝を知らないけれど
*
蜻蛉(とんぼ)
赤いチョーク
のようなトンボが
風をひっかきひっかき
水平な目で
ぼくの背たけを測っている
よろこびとかなしみの
草の中から
朝ごとにトンボは生まれる
ぼくは大きくなっただろうか
ふと目覚めたように
新しいことばも生まれる
きょう
トンボは蜻蛉
ということばを知った
翅が濡れているので
まだ飛べない
コメント、ありがとうございました。
私は虫も好きですが、人間も好きです。
ただ、さまざまな虫がいて多様な生き方をしている様子に興味があります。
でも、ゾウリムシやミミズの気持ちはわかりませんね。