おまえに綺麗な紙のきものを着せたったら
紙人形のように可愛いやろなあ
そんなこと言うてはったおじいちゃん
いつのまにか
紙のおじいちゃんになってしもて
あれは風のつよい日やった
中学生やった私は下校の途中で
なんや空の方からおじいちゃんの声がしやって
凧のようなもんが街路樹に引っかかっとってん
ひらひら ひらひら
そんなとこでなにしてはんの
おじいちゃんはすっかり紙になってしもうてた
こんなに平べたになりはって
こんなにわやくちゃになりはって
私のラケットよりも軽いやないの
かなしいて かなしいて
私の涙でおじいちゃんが溶けてしまいそうやった
背筋がまっすぐ伸びていたおじいちゃん
朝は5時には起きだして
公園で仲間とおしゃべりするのが日課やった
盗難バイクを解体するヤンキーと喧嘩したり
ランドセルの小学生をからこうてみたり
啓蟄や夏越や爽やか赤蜻蛉やゆうて
昆虫のように季語を追いかけはってた
おじいちゃん
それやのに
ただの白い紙になってしもて
もう五文字も出てきいへん
七文字も出てきいへん
言葉をどこへ置いてきはったん
おばあちゃんがなんもかも
持っていってしもたんやろか
少しずつ少しずつ紙にうずもれて
紙くずみたいになってしもて
おじいちゃんが必死になってさがしたんやけど
終いにはなんも残らへんかった
きりがないねん きりがないねん
おじいちゃんは呟きながら紙をちぎってはった
生きるんかて死ぬんかて きりがないねん
おじいちゃんの体が
あれから急に軽うなりやった
おじいちゃんの紙のきもの
よれよれになった袖やすそを
ときどき鋏で切ったげるとしゃんとなって
わずかだけ昔のおじいちゃんに戻るみたいやった
そやけど すこしだけ小っこうなって
ますます小っこうなって
おじいちゃんは紙の眠り
おじいちゃんは紙の目覚め
すっかり紙にくるまれてしまはって
おじいちゃんのかなしみ
もう紙のいのち
おじいちゃん
風の日はそとに出たらあかんえ
雨の日もそとに出たらあかんえ
あした私は紙人形になって
この家を出てゆくけれど
(2005)