さて、サブリミナル効果のように突如「小和田雅子」という名前がインプットされた私達ですが、当時は現実的ではないと思っていました。
なんせご本人がまるっきり結婚に積極的という風には見えませんでしたから。
ただ単に浩宮が好きだ―と言ってるだけで。その好きだ―も人間性がではなく学歴とか見た目とかお金持ちであることがおたあさまからみて「OK」が出そうだから・・その程度だったんじゃないかと思います。
週刊誌は踊ります。
FOCUS1988年1月8日号
「「最強の浩宮妃」登場ー東宮に招かれた女性外交官」
FRASH1988年1月5・12日号
「浩宮妃候補?女性外交官の素顔」
週刊女性1988年1月14日号
「独占スクープ浩宮妃最有力候補才媛外交官小和田雅子さん24歳電撃浮上
女性外交官じゃないから!外務省の職員ですから。この頃から語学が堪能とかいう伝説が生まれるわけですが、見た人はいません。
週刊女性1988年1月20日号
「スクープ第二弾!浩宮妃最有力候補小和田雅子さん(24)と今春婚約の可能性
えー あまりにもすごい。昭和63年早々こんな記事が踊っていたんですよね。
昭和63年といえば前年の手術以降、公務復帰したかに見えた昭和天皇でしたが、明らかに痩せて病気がちになられた時でした。まるでその時を待っていたかのように週刊誌に「小和田雅子が浩宮妃最有力候補」として躍り出たのです。
女性自身1988年1月20日号
「浩宮妃最有力候補小和田雅子さんがなぜか突然留学決定!」
同じ日に出た週刊女性と女性自身が違う記事を載せているんですね。
小和田雅子氏はハーバード大卒業後、東大に入学したけど中退して外務省に入省。
国費留学としてイギリス行きが決定したのでした。
女性セブン1988年2月18日号
「浩宮妃本命女性がまさか!選定に重大影響 浩宮妃候補3人のまさかの難問」
これがいわゆる明石さんのお嬢さんのことでしょうか。ここであっという間に3人が消えて、浩宮の本命は小和田雅子だけになったみたいです。
1988年2月5日「小和田雅子さんの誕生日にお花を贈られたそうですね」の記者の質問に「そんなことはありえません・・・神に誓って」と答える雅子さん。
いやーーありえません・・・・神に誓って・・・と言い切るすごい女性です。
いやに軽い「神に誓って」でしたよね。貫いてくれていたら今の日本はなかったのに。
FRIDAY 1988年3月11日号
「スワッ噂の女性外交官の両親が東宮御所へ浩宮様と山頂を極めるひとは誰?」
「結婚については30までにはと考えております。富士登山に例えれば7合目~8合目といったところでしょうか」
2月23日の誕生日会見でこんなことを言っちゃった浩宮。
すっかり小和田雅子さんと結婚出来るものだと思い込んでたようですね。
しかも東宮御所でデートまでしていたことが女性週刊誌で発覚 普通なら「私はお妃になるかも」と思うはずが、小和田雅子は全くそうは思っていなかった・・奥手なのか?馬鹿なのか?
小和田夫妻と皇太子夫妻はパーティなどで話をする仲とも書かれているし、当然雅子さんもその場にいた事もあるようで、全く見知らぬ人ではないのです。
雅子さんが最有力視される理由はまだある。抜群の語学力や明るい性格が殿下の理想とする「価値観が同じ人」に極めて近いこと。
彼女には若き日の美智子妃の面影があること
浩宮さまは彼女に特別の感情をお持ちと語る関係者がおおいこと
語学力と明るい性格・・・今にしてみれば一体何の冗談だ?という感じですよね。外国語が話せれば誰でも妃殿下になれるのか?って話ですよ。そんな価値観を持っていた浩宮もバカです。
雅子さんが美智子妃に似ているというのはどこなんでしょうか?
とにかく浩宮は燃え上がり、雅子さんは「珍しもの好きで彼と会ってただけ」というこの温度差を埋めたのは一体なんだったんでしょうね。
週刊新潮1988年3月3日号
「頂上が見えたというご発言で絞られる浩宮妃候補」
何でも、女友達に、
「プロポーズもされてないのに何でこんなに騒がれなくちゃいけないの」
といったという。
「それにしては、何回も東宮へ行くのはどういうわけ?」
と聞かれると、雅子さん答えていわく、
「好奇心よ」
p.135
「小和田さんは“プロポーズもされてないのに、云々”と女友達に話したっていいますが、これまで東宮へ招待された女性の、ほとんどは一回で二度と行きません。本人が行きたくても、東宮で呼んでくれないケースも無論ありますが、浩宮様や皇太子ご夫妻が気に入られても女性の方で二度目の招待をお断りするわけです。それがお妃候補から外して欲しいという一つの意思表示になる。
ところが小和田さんは少なくともこれまでに四回は浩宮様にお会いしています。いくら“好奇心”からだといっても、お相手が今どういう立場にいる人か承知しているわけですから、彼女の方にまったくその気がなければ出かけませんでしょう」
でもその気がなかったんです。雅子さんの「好奇心よ」は本音でしょうね。
ずぶずぶと罠にはまっていくような・・・そんな印象を受けますね(笑)
あれだけマスコミに嫌な顔が出来る彼女だし「私はあなたと結婚する気はありません」と当人に対して言えそうなものですが、多分父親がそれを言わせなかったんだろうということと、この「立場」をもうちょっと楽しみたいという思惑があったのかもしれません。本当にズルい女だなあ。
さて気になっているのが、退位が決まってから紀子さまが髪をのばしていたのに、最近は元の長さのままです。
髭の殿下はいらっしゃらない。まさか、洋装で行われるのではないでしょうか?
ぶいぶい言わせていたイケイケ女性達は自分に気のある男を手玉にとってどれだけ貢がせるかを競ったものでしたね。
雅子様が御所へ来る度に食いしん坊の彼女の気をひこうと豪華な食事を用意した皇太子はは、メッシーくん扱いだったのでしょう。
雅子様も、いざとなったら「ごめんなさい。」すればいいわ。と、たかを括っていたのでしょう。当時はそんな浮かれた時代でしたから。
そうか、先の即位の礼はまだまだバブル期だったのですね。
だから即位の礼を豪華にも出来たのでしょう。
今回は、日本は貧乏になってしまったのですから、もう美々しき盛儀は出来ませんね。
国民は日本が貧乏になったことを自覚すべきですね。
貧乏国なら貧乏国らしく身の丈にあった儀式にするのがよろしいでしょう。
カネの無いことを正面から受け止めることは恥ではありません。貧乏なのに金持ちの振りをするほうが恥ずかしい。
しかし、雅子様には「亡国の妃」というタイトルが脳裏に浮かんできてしまいます。
皇室の一員になる前の様子を見ていると雅子さんの本質が浮かび上がってくるようです。
妃としてあるべき資質、清潔・誠実・賢明の要素は見当たらないですね。
しかしてその実態は、
元外交官・・・単なる外務省職員、しかもコネ入省
英語がネイティブ並み・・・発音はまぁまぁそれなりに、なのかな?社交的な会話は怪しいので”英語力”は乏しい(日本語力も乏しいがw)
ですけど。
ハーバードやら東大やらは最近はあまり聞かなくなったような気がしますが?そうでもなく健在?
血筋のことで反対されると分かっていたからかも知れませんけど(笑)
何年も浩宮さんを待たせた雅子さんって事にアレら擁護の間ではなっているみたいですが、、待たざるを得なかったんですよ、気にしている血筋で猛反対されていたから時の天皇陛下にね。
なーにがアルザスの恋や(笑)気持ち悪い。