陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

今野緒雪の小説『マリア様がみてる─フェアウェルブーケ─』

2013-01-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる


1998年の初刊発売からすでに15年、ロングランヒットの少女小説『マリア様がみてる』シリーズもなんと三十九巻目。最新刊は、掌編集『マリア様がみてる─フェアウェルブーケ─』(著:今野緒雪、2012年5月刊行、集英社コバルト文庫)。今回のテーマは「先生」。まあ、なんとタイムリーな話題でしょうかね、この時期、いろいろと(笑)。


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例によって、のりしろ部分にあたるサイドエピソード「フェアウェルブーケ」は、本編の祐巳たちの時間軸。担任教師・鹿取真紀先生を薔薇の館のお茶会にお誘いした祐巳たちは、そこで先生がなぜか隠れんぼしていた理由を聞き出すことになるのですが…。じつはこの種明かしが、書き下ろし「アナウンスメント」となっています。

さて、他の掌編について簡潔に感想を。
微妙にネタバレありますので、ご注意を。
あとがきによれば、季刊誌『雑誌Cobalt』に2009年から2012年までに掲載されたもの。この巻で、未収録の短編がすべて文庫に刊行されたことになります。在庫一掃セールなのですが、よくまとまっています。欲をいえば、もうすこし、理系の先生が欲しかったかも。

・「飴とストレッチ」
美術部に所属する引っ込み思案な女学生が、ストレッチ同好会を主催する教師に惹かれていくお話。親近感が先生への危うい感情へ深まりかけたところを、親友の絶妙な言葉によっておしとどめられていく。近所のお姉さんに近い糖度のある粘着した感情というのは、ネタが古いけれど、フィンガー5の「個人授業」の世界なんですかね。白内障に罹ったモネの知覚上の色相の変化と、人間の心理的なフィルターをいう色眼鏡とを同列に扱うことへの違和感にやや説得力が欠ける気がするのですが、十代の主張としては申し分なしか。しかし、自分が創作したものにいい加減にタイトルをつける人、好きじゃありません。リリアン女学園のような名門お嬢さま学校の美術部が、自由表現主義のような抽象画を描くとも思えないのですが。

・「プライベートTeacher」
タイトルから、赤石路代の漫画のタイトルが思い浮かんだのは私だけでしょうか。榎本加奈子主演のドラマのほうが馴染んでいたんですけどね。箱入りお嬢さまの華奈子の家庭教師に雇われたアケミ先生には、ある秘密があって…。オチは単純なのですが、個人的にはいちばん好きなお話。昭和中期のような、とろっとした上品な甘さのある、時代がかった口調もあいまって読みやすく、ほろ苦さの向こうに爽やかさの残るラスト。ちなみにこのエピソードは、佐藤聖の過去を描いたあの名作『茨の森』にほのめかされた、ある一節に由来すると思われます。

・「おっぱいクッキー」
綾瀬はるか主演の映画のタイトルに影響されたんでしょうか。伝統あるコバルト少女小説のなかでも、いくらなんでも、こんな衝撃的なタイトルつけたの「マリみて」ぐらいのものでは? 編集がイカれてるのか? 緒雪先生がトチ狂ったのか? それはともかく、美術の教育実習生が焼いてきたクッキーをめぐるミステリーを、後年、三人の女生徒たちが解き明かすという筋書き。この真相は、「マリみて」らしく、感受性たかぶる思春期ならではの膨張する想像力が予想外の落としどころを見つける、というパターンに徹していまして、おそらくコミカル緒雪ワールドに熟練した読者ならばオチに気づくはずですが(ヒントは「お」→「し」)、この小話の肝はなんといっても、尊敬する先生への各自勘違いな情熱がいたずらに実をむすび、女学生たちの華々しい将来に波及してしまったところ。駄洒落マンのネーミングは現代アーティスト、シンディ・シャーマンのパロディですかね。こころ清いお嬢さまは、成形されない失敗作にこそ美を見出す、とかなんとか小難しいこと言わないように。

・「昨日の敵」
たとえば、こんな日本史の覚え方はいかがですか…って、これは、どうなんだろう? 歴史に強くなるには、歴史を題材にしたファンタジーに触れるのがいちばん。でも、いくら漫画やアニメで歴史を覚えたからって、聖徳太子が女装好きのゲイだったとか、源義経が女の子だったとか、兄様ラブだったとか、マリー・アントワネットの旦那が錠前作製が趣味だったとか、本気で創作物に感化されちゃう女子高生はすくないだろうと思うのですが。大河ドラマの俳優と歴史上の人物のシンクロというのは、あの俳優の方が似合っていたのにという比較でなら考えられますけど、ラッパーの尊氏ってなんなのよ。今巻最大の迷作に認定。

・「卒業式まで」
このヒロイン、はっきりいってストーカーです(爆)。そうとう重度の。お廻りさんに補導されかねない勢いです。とある女性教師を、前世からの因縁うんぬん深し仲だと猛烈に慕ってやまない主人公、そのただならぬ願いの果たして辿り着く結果やいかに。でも、じっさい、こういう子っているんですよね。ここまで愛されると教師冥利に尽きるのでしょうか。余談ですが、私の母校では国語教師の息子さんが在籍していましたが、担当は外れていましたね。お互い照れくさいんでしょうね。

・「アナウンスメント」
リリアン女学園は、もう、しっかりしたスール制度さえあれば、教師いらないんじゃない、と思うほど、いささか呆れた(おちゃめな?)先生のお話。おめでたいお話なんですけど、本人がちょっと情けないせいで喜べません。祐巳たちのほうが大人に見えるあたりがなんともはや。まあ、可愛い先生ではあるけれど。「先生」の万能感にしびれて酔いしれて盲目的になっている女生徒たちと、対照的におかれた一話というべきでしょうか。先生の大人げなさを反面教師的にせせら笑うのが正しい受容のしかたですかね(ひねくれ者)。退職金がらみでかけこみ退職されるよりも、数倍マシではありますが。

さて、最後を締める「薬草香茶話」は、いわばボーナストラック。
往年の名紅薔薇姉妹こと、祥子と祐巳の喫茶店での語らいを追加したものです。「フェアウェルブーケ」各パートにも、薔薇ファミリーが登場しておりまして健在ぶりをアピールしておりますが、やはり「マリみて」といいましたら、はじまりはこのベスト姉妹。下級生に大人気、さしもの庶民派紅薔薇さまも、祥子さまの前ではやはり妹。やっぱり、こう、姉をぽわんとした空気感で見つめている祐巳がいいんですよね。祐巳は祥子さまのみならず、瞳子の物まねまでマスターしたようです。

晴れて姉妹となったのに、いささか素っ気ない(からこそ信頼しあってる?)祐巳と瞳子の距離感にやきもきしつつ、あいかわらず由乃のとっとこぶりに笑いつつ、志摩子と乃梨子の安定感に安心しつつ、菜々ちゃんの好奇心旺盛リトル江利子っぷりに期待しつつも、ひじょうに楽しめた番外編でした。

しかし、さよならの花束を読者に突き出されるのはまだまだ忍びないので、いますこしばかり、続いてほしいところですね。今回、小道具として用いられているミントの花言葉は、「美徳のある人」「かけがえのない時間」。そして裏の花言葉というのがあって、それは「もう一度愛してください」。穏やかな笑顔で翠の花束を渡そうとしている祐巳が語りかけようとしてくることが、おわかりいただけましたでしょうか。ハーブティーの一杯でくつろいだところで、おかわりが欲しいです。「ごきげんよう」のあいさつで、また会えますように。



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