陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「ふとどきの春」(七)

2009-06-09 | 感想・二次創作──マリア様がみてる



「菜々ちゃんも、令さまに負けずおとらず、お料理じょうずなんだね。感心、感心」
「そうでしょ、そうでしょ! 私も鼻が高いわけよ。いい妹をもつとね。ま、もと姉はともかく」

これでは、先代黄薔薇さまこと、支倉令が形なしの台詞である。
乃梨子は令とはあまり親しく会話を交わす機会は乏しかったけれど、数少ない機会のあいだにも、先輩としての好意を抱いてはいた。それに、再三の由乃との衝突を眺めていると、令に同情したくなることしばしば。思わず噂の対象の味方をしたくなって、要らぬ口出しをしてしまう。

「でも。菜々に手ほどきしたのは、令さまですよね?」

乃梨子は同年でも下の名をさん付けで呼び合うリリアンの習慣を、こそばゆく感じている。だから、たいがい年上を覗けば親しいひとは呼び捨てにしている。そのいちばんが瞳子だ。菜々にしても、彼女自身が入学早々そう呼んでくださいと、お願いされたのだった。
しかし、その呼び癖は、ときに姉である由乃の勘にさわることもあった。

「なぁに、乃梨子ちゃん、令ちゃんのフォロー? 教えたのは令ちゃんだけど、もともと菜々の腕前がよかったのよ。菜々は養子だから、いろいろ気をつかって家事もこなしているらしいし」
「ふぅん。じゃ、由乃さんは突然変異だったんだ」
「…祐巳さん、それ、どういう意味?」
「いや、隔世遺伝ってことで」

令はもちろん自慢のケーキの味を由乃に伝授しようとしたが、由乃はてんでものにならなかったわけで。
令のお姉さまである鳥居江利子も、男所帯にひとり娘だったから、家庭料理はお手のもの。令とは、いまも毎年バレンタインに凝ったケーキを贈りあっている。つまり、菜々もふくめれば、ひ孫の代まで黄薔薇ファミリーは代々お料理自慢を輩出してきたというのに、三代目の由乃だけが異質なのだった。

「私は食べる天才なのよ。令ちゃんからも、菜々からももらう立場なんだから。こっちからあげる必要ないじゃない?」
「食べるのに才能なんて、いるの?」
「いるわよ。令ちゃんってば、目ざといんだもん。ちょっとでも、私がヘンな顔したら勘づいちゃうし」

令がおそるおそる食べる由乃の顔いろをうかがっているのは、自分のケーキのできばえよりも、由乃の体調を気づかってなのだろう。あの令のことだから、添加物などつかわず、卵からして遺伝子組み換えではない、小麦粉だって無農薬栽培のものを厳選しているはずだ。

しかし、由乃の言葉ももっともだった。
由乃がおおげさにケーキをおいしそうに頬張る癖がついたのも、ひとえに、令にいらぬ心配をさせないため。令を悲しませる才能に長けている由乃こそが、いちばんそのひとを喜ばせることができるのだ。

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