コンパクトの裏側には、親指で隠れるサイズで、三年生三人娘が並べた笑顔が貼られていた。小さいけれど、見逃すはずがない。いかにも十代の少女らしい明るい笑顔をしている両脇に挟まれて、中央で控えめな笑みをこぼしているのは、乃梨子の大好きなお方。
乃梨子はおもわず隣の席の祐巳の手首をつかんで、覗きこんでしまっていた。祐巳はおもわずその行為に、ふかい意味を感じてどきりとする。
「…乃梨子ちゃん、あの…?」
「あっ、すみません。つい、気になって。これ、お三方ですか?」
「うん。三人でね、修学旅行のとき、こっそり遊びにいったときの」
お姉様がたが二年生の秋口に、修学旅行に行かれた時期、それは乃梨子にとってははじめての物寂しい一週間だった。
あれほど、長い一週間はなかった。一見、線が細いようにみえる志摩子だが、常日ごろから体調管理には気をつけているせいだろう、めったと学校を休むことはなかった。乃梨子の顔を見るのが嬉しくて、毎日通うのが楽しくて、とあの方は優しく微笑んでくださる。
その志摩子がいないはじめての学園生活は、乃梨子には狂おしいものだった。恋しくてたまらない。だが、それ以上に心配でたまらなかった。同じ頃、日本の空港で貨物機が墜落した事故が報じられていたからだった。乃梨子は毎日まいにち、朝晩マリア像の前でひとり手を合わせて、あの人を無事に返して下さいとお祈りした。そして、ひみつの「まりあ様」にも。
「え、な~に? 私にも見せなさいよ」
好奇心旺盛の由乃先輩、ひとり仲間はずれにされるのが気に喰わない。身をのりだして、祐巳の手首ごとひっくり返して,自分のほうへと寄せた。話題の対象をたしかめて、なぁんだ、とがっかりした声音を洩らしながら、自分たちの笑顔を指先ではじいた。
祐巳は爪で引っ掻かれたらたまらんと、こちらに奪い返す。
「はい、乃梨子ちゃん」
「あ、すいません」
ついでに、気づかい第一の祐巳先輩は、乃梨子に貸してくれた。
大事そうに両てのひらですくうように、乃梨子は三人の乙女の笑顔を拝んでいる。
志摩子は写真写りが悪いというほどではないが、どの写真もいつも似たような儚げな顔つきでかすかに口元だけが笑んでいた。それは無難な美しさだった。間近に接していると、泣きそうな顔も穏やかに怒った顔も知っている身としては、その写真は志摩子の一断面にしかすぎない。
志摩子たちが不在中、薔薇の館では一年生ひとりの乃梨子を、祥子や令がそれとなく気づかってくれた。お二方との距離が近くなったと感じたのはそのときだった。
令はといえば、始終、由乃が発作を起こしていないか、食あたりを起こしていないか、などと杞憂に悩まされて、薔薇の館の室内を落ち着きなく歩き回っていたのがおかしかった。祥子は、「私の選んだ妹は運がいいから、かならず元気で帰ってくる。心配ない」と、平然として椅子に座って読書していた。