更新が遅くなってスミマセンでした。
仕事が火曜の夜から昼夜5連勤だったので、記事を書いている余裕がありませんでした
さて、札幌遠征同行記の最後です。
関西京都今村組 札幌遠征同行記-5
大通り南パレード終了後、次の会場“本郷西会場”へ向かうバスに今村先生の姿は無かった。
そう、救急車で病院に運ばれた翔吾くんの元へ駆けつけたのである。
そして、移動中の車内で今村組スタッフの看護師さんが足が腫れ上がっているメンバーを看て骨折しているかも…急遽病院へ
“本郷西会場”は道幅が狭い為、大通り用に作られた各隊のポジションを変更しなくてはいけない。
龍太くんと各隊のリーダーが頑張っていた時、セミファイナルの抽選に行っていたスタッフから、
本郷西会場をキャンセルしないとセミファイナルステージに間に合わないと連絡が入ったので、急いで西8丁目会場へ戻る事に
なんとそこには車椅子の翔吾くんと松葉杖姿のメンバーの姿が…
実は翔吾くん、ツイッターでこんなつぶやきを
今村組セミファイナル。
私、アキレス腱断裂。
ひろき骨折。
二人ともまだやれる!!
どうせそんなことの為にそこまでしなくてもって言う人がいる。
俺らにとってはだからこそ。
まだ1%可能性はある。
夢がつながる限り戦える。
俺らがいなけりゃ誰が東北の為に、夕張の為に戦うんですか!
この後のセミファイナル審査ステージに2人とも立っていた。
kobekobe80さんからお借りしました。
翔吾君はアキレス腱断裂してもなお2本旗を上げし骨折したメンバーも踊りきった。
やれる事は全て出し切るとの事で、地方車担当のスタッフ含め総動員で東北ののぼり3枚を上げた。
残念ながらファイナルに上がる事は出来なかった。
全力を出し切ったメンバーの頬には涙が…
ジュニア大会の結果は残念ながら“敢闘賞”
そして、今村組札幌遠征の締めくくりは“マザークラカケさん”のジンギスカンパーティー
色々問題も起こしたけど…頑張ったスタッフへのプレゼントは修了証、春祷のCD、春祷のタオルマフラー、缶バッチでした。
スタッフ全員号泣…特にア○カパパ(笑)
この日が誕生日だったスタッフ統括リーダーにサプライズケーキ、コメントが何言っていいるのか分からい程の号泣
関西京都今村組の札幌遠征は“セミファイナル6位”と言う結果に終わった訳だが、
打ち上げの時、翔吾君がみんなに“あなたは幸せですか?”と質問した。
この質問にみんな笑顔で 幸せ と即答しました。
直ぐに幸せだってこと答えられる今村組はとても素敵だと思いました。
関西京都今村組の皆さん、仲間と共に、踊って、泣いて、笑って、助け合って、駆け抜けた2ヶ月間お疲れ様でした。
札幌遠征が終わってこのブログを書くと決めてから最後の締めくくりは“記録より記憶”って書こうと思ってました。
14日の今村先生のブログで先に使われてしまいましたが
2006年鬼聖で初めて今村組を見て、2008年錦麒でスタッフとして参加してから
今年ほど見ている人が涙して、大きな拍手がおきた年はなかった様に思えます。
夕張LIVE6年、東北支援3年、関西京都今村組の祷りが見てくれた多くの人々に届き、通じたと思った。
記録は“セミファイナル6位”だが、多くの人の記憶に残った“春祷〜UZUKI〜”となったと思う。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回からはまた写真だけ貼るブログに戻ります(笑)
仕事が火曜の夜から昼夜5連勤だったので、記事を書いている余裕がありませんでした
さて、札幌遠征同行記の最後です。
関西京都今村組 札幌遠征同行記-5
大通り南パレード終了後、次の会場“本郷西会場”へ向かうバスに今村先生の姿は無かった。
そう、救急車で病院に運ばれた翔吾くんの元へ駆けつけたのである。
そして、移動中の車内で今村組スタッフの看護師さんが足が腫れ上がっているメンバーを看て骨折しているかも…急遽病院へ
“本郷西会場”は道幅が狭い為、大通り用に作られた各隊のポジションを変更しなくてはいけない。
龍太くんと各隊のリーダーが頑張っていた時、セミファイナルの抽選に行っていたスタッフから、
本郷西会場をキャンセルしないとセミファイナルステージに間に合わないと連絡が入ったので、急いで西8丁目会場へ戻る事に
なんとそこには車椅子の翔吾くんと松葉杖姿のメンバーの姿が…
実は翔吾くん、ツイッターでこんなつぶやきを
今村組セミファイナル。
私、アキレス腱断裂。
ひろき骨折。
二人ともまだやれる!!
どうせそんなことの為にそこまでしなくてもって言う人がいる。
俺らにとってはだからこそ。
まだ1%可能性はある。
夢がつながる限り戦える。
俺らがいなけりゃ誰が東北の為に、夕張の為に戦うんですか!
この後のセミファイナル審査ステージに2人とも立っていた。
kobekobe80さんからお借りしました。
翔吾君はアキレス腱断裂してもなお2本旗を上げし骨折したメンバーも踊りきった。
やれる事は全て出し切るとの事で、地方車担当のスタッフ含め総動員で東北ののぼり3枚を上げた。
残念ながらファイナルに上がる事は出来なかった。
全力を出し切ったメンバーの頬には涙が…
ジュニア大会の結果は残念ながら“敢闘賞”
そして、今村組札幌遠征の締めくくりは“マザークラカケさん”のジンギスカンパーティー
色々問題も起こしたけど…頑張ったスタッフへのプレゼントは修了証、春祷のCD、春祷のタオルマフラー、缶バッチでした。
スタッフ全員号泣…特にア○カパパ(笑)
この日が誕生日だったスタッフ統括リーダーにサプライズケーキ、コメントが何言っていいるのか分からい程の号泣
関西京都今村組の札幌遠征は“セミファイナル6位”と言う結果に終わった訳だが、
打ち上げの時、翔吾君がみんなに“あなたは幸せですか?”と質問した。
この質問にみんな笑顔で 幸せ と即答しました。
直ぐに幸せだってこと答えられる今村組はとても素敵だと思いました。
関西京都今村組の皆さん、仲間と共に、踊って、泣いて、笑って、助け合って、駆け抜けた2ヶ月間お疲れ様でした。
札幌遠征が終わってこのブログを書くと決めてから最後の締めくくりは“記録より記憶”って書こうと思ってました。
14日の今村先生のブログで先に使われてしまいましたが
2006年鬼聖で初めて今村組を見て、2008年錦麒でスタッフとして参加してから
今年ほど見ている人が涙して、大きな拍手がおきた年はなかった様に思えます。
夕張LIVE6年、東北支援3年、関西京都今村組の祷りが見てくれた多くの人々に届き、通じたと思った。
記録は“セミファイナル6位”だが、多くの人の記憶に残った“春祷〜UZUKI〜”となったと思う。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回からはまた写真だけ貼るブログに戻ります(笑)
おつかれさまでしたm(_ _)m
凄くいいブログ、凄くイイ写真です。
拝見しました。
ありがとうございます。
ただ今年は起きて欲しくないアクシデントでした。
来年はもっと良い結果になると嬉しいのですが!
彩夏祭ではどんなドラマが待っているか楽しみです。