橋下徹知事の意向を受け、大阪府教委が市町村教委に公表を要請した全国学力テストの市町村別データについて、吹田市の阪口善雄市長が19日、田口省一教育長に、非公表を支持する考えを伝えた。阪口市長は「「限られた教科の点数だけでは公教育の成果は計れない。(点数公表をめぐる)ばかげた議論には付き合えない」と橋下知事の姿勢を痛烈に批判した。
田口教育長も「教育関係者として市長の申し入れを心強く思う。教育委員の皆さんにも伝えたい」と非公表で一致した。市教委は24日、この問題を定例の教育委員会に諮る。
阪口市長は「点数至上主義よりも知徳体、総合力の育成に力を入れていきたい」と強調。「橋下知事への“宣戦布告”か」との記者の質問に対し「そうとっていただいて構わない」と話した。 (MSN産経)
「公表か非公表か」が「ばかげた議論」とは・・。「非公表」にして、教育委員会が情報を独占する権利があるとは思えない。「限られた教科の点数だけでは公教育の成果は計れない。」 そうであってもこれが非公表の理由にはならない。
学力が公教育の全てではないが、大きな部分を占めているのも確かである。何故、公表すると「点数至上主義」になると言えるのだろう。(点数至上主義よりも)「知徳体、総合力の育成」・・それはそれで、「学力の成果や評価」とはまた別問題である。教科の成果を、教育委員会など一部の人間の独占情報にして、何かよいことがあるのだろうか? 公表非公表の議論を「ばかげた」とすることにこそ、問題があると感じる。