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武蔵野物語 50

2008-08-05 04:30:27 | 武蔵野物語
「常務、やめて下さい」
と言ったつもりだが、うまく喋れない。
「君は細く見えるけど、違うんだね」
山口は、ゆりこを上から下まで眺め回し、それからゆっくりとブラウスのボタンを外しはじめた。
何かないかとゆりこは手をいっぱいに伸ばすと、灰皿にあたったので、おもいっきり山口めがけて投げつけた。
力が出ないので足元に落ちたが、驚いて後ずさりしたのを見て、ようやく起き上がり、上着や靴を持って廊下に飛び出すと、追ってはこなかった。
なんとか靴を履いてロビーに降り、タクシーを頼んで、父のいる聖が丘に帰っていった。

翌日は金曜日だったが、出勤する気になれず、父が作っておいてくれたモーニングを食べてぼんやりしていると、9時に田口から携帯へ掛かってきた。
「今日来れないんですか、打ち合わせがあったんですけど、具合が悪いのですか?」
「すいません、夏かぜみたいで」
「ゆりこさん、昨日本社に呼ばれたでしょう、何かあったのですか」
「いえ、暑さが続いたので夏バテ気味なだけですから」
「そうですか・・ゆりこさん、なんでも相談して下さい、僕はあなたの味方ですからね」
「有難うございます」
「いま一人で休んでいるのですか」
「はい、でも実家ですから」
「それは良かった、お大事に」
ゆりこは昨日の出来事を人事部に報告しようと考えていた。ただどこまで話そうか迷いがあり、久し振りに家の掃除や夕食の支度をしていても、まだ纏まらなかった。
父は早く帰ってきて、嬉しそうだった。
「戻ってくればいいんだよ、部屋代だって高いだろう」
「そういう問題じゃないの、それよりお父さんはいい話ないの」
「何もないよ、このままが一番で、変化は面倒なんだよ」
父の方も進展はなさそうだ。
夕食を始めようとした時、チャイムがなった。
ゆりこが玄関に出てみると、背の高い田口が立っていた。

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