今回はマジな内容なので…。
「死ね!」「うぜえ。」「消えろ!」「くっせー。」「ばい菌。」「ゴミ」…。
人を罵倒する言葉は数え切れないほどある。
いじめにあったうちの息子でさえ時々他人に暴言を吐くんだ。
ジキルとハイドって知ってる?じっくり読んだことはないけど人間の二面性を見事に描いた作品。
天使と悪魔。
1万円札が落ちている。
天使の自分は「交番に届けないと。」
悪魔の自分は「もらっちゃえよ。」
よっぱらいにからまれてる女性がいる。
天使の自分は「助けてあげないと。」とか「警察呼ばなきゃ。」
悪魔の自分は「みないふりが一番。」とか「カッコよく助けて彼女の気を引こう。」とか。
教室でいじめにあってる子がいる。
天使の自分「だめだよ。そんなことしちゃ。」と止めに入らないと。
悪魔の自分「下手に助けたら自分がターゲットになる。」
息子は天使の自分が勝って女子を助けたら見事にターゲット。転校生だからなおさら。背が高くて目立つからなおさら。
どんなに精神力が強い人間でも言葉の暴力には勝てない。
精神的ダメージを受けているときはなおさらだ。
大好きだったおじいちゃんが悪性リンパ腫になった。
九州の仲良しの友達と別れて千葉に引っ越した。
学校って転校生を受け入れるという事に対して冷酷無比だ。それは自分が転校したときに身に染みて感じた。
日本人は群れるのが好きだ。アメリカやヨーロッパで働く日本人は奥様同士寄り集まってまわりと協調性がないからやりにくいと何かに書いてあった。
そういえば今朝マレーシア教育の話題やってたなあ。日本人ってその国の人の事なんて考えない人多すぎ。利口な人は現地に行く前にリサーチを入れるけど、日本人は行った先々で自分の習慣を変えようとせず迷惑かけちゃったり。
地方へいけばいくほど封建制の名残でよそ者を拒む。新しいものを受け入れようとしない。
物心ついた時に「ともだち」ができる。今のともだちは親がつくったようなもの。公園つながり→幼稚園つながり→小学校つながり→中学校つながり。家族ぐるみでバーベキューパーティーしたりバースデーパーティーしたり。で、高校は特色入試で同じ学校へ行き、大学はAOで同じ大学に行く。LINEでつながり他を拒む。
せっかく進学したのにぼっちで悩む学生さんは多い。
みんながみんなじゃないけれど…。有名校に入れたラッキーな奴は他を小馬鹿にして優越感に浸る。
「FランFランおまえらには雑用がお似合いさー。ホラここふけよ。はよしろよっ!」バイト先での暴言。たまたまコンビニで目撃。
小僧寿司でも「おまえになんか就職口はありゃしねー。一生ここで寿司でも握ってなっ。」
高校生って列車の中で我が物顔。有名校の制服を誇らしげに見せつけてばかみたい。(←ひがみではない。ゆうこは有名校卒。)人間としてまだまだ未熟で世間を知りもしないのに、無限の可能性を秘める他の学校の生徒達をいじめては楽しそうに笑う。「あんたらには将来なんてないのよっ!」
なんてこったい。有名校は進学率が高いんじゃなくて大学受験する人が行くだけの話。就職面接で「K高なら大学行けば。」と言われるのが関の山。家庭の事情で就職した子がいたけど何社もこの言葉で落とされたそうだ。
当時の現役合格率は35%。ということは2/3は浪人したわけだ。で、1浪で合格できる保証はないし、その後どうしたかは知らない。
50代にもなると腹も出てるが人生大きく差が出てる。
金持ちや有名人になった人もいれば、借金苦や男(女)にだまされたり、犯罪を犯したり、不幸にみまわれたり。大切な人を失ったり、いらんものしょいこんだり。
金持ちや有名人を人は「幸せな人」と呼ぶ。
借金苦や不幸に見舞われた人を人は「不幸な人」と呼び、努力が足りないからだと決めつける。
幸運は時として棚からぼたもちだったりする。
不幸は突然沸いて出てくることもある。
人生は死んでみないとわからない。死人に口なしというけど棺の中の人はピクリとも動かないし何もしゃべらない。(←たまに息を吹き返すことがあるからお通夜があるんだよー。)
おじは長年校長先生として子供達から慕われ退職後は町内会長として活躍した。なのに特別養護老人ホームで気管に痰をつまらせて孤独で死んでいった。
家族は皆教師だから介護ができない。だから老人ホームに入ってた。仕事と介護は両立できない。どちらかしかできない。やってもない人にはわからないけどさ。
現役時代は会社での職掌(役職)でみんな群がってくる。なのに退職の日に両手に抱えきれないほどの花束をかかえみんなから「お疲れ様。」とねぎらってもらった翌日からは誰も寄ってこない。「退職ってそんなもん。」父はそう言ってた。
でも葬式の時には「世話になったから…。」とたくさんの人がかけつけてくださった。厳しいけど優しくて世話好きで実直な人だった。父は家族に囲まれて死んでいった。庶民はしがらみが少ないから大切な人の死に際にかけつけることが可能。きちんと別れが告げられる。庶民で良かった。
大切な人がいなくなって言葉の暴力に苦しめられたら死にたくなって当然。
生きてたって地獄なのだから死なせてやればよかったが、中途半端に助かっちゃって一生障害を抱えて生きていくのではもっと気の毒。ついつい止めに入ってしまう。
「生きてたらきっといいことあるから。」「どんな?」「…。」
お金持ちになれない。就職できないかもしれない。だって金>コネ>実力だから。結婚したくないらしいし…。
一生懸命生きていていいことなければ落胆して死にたくもなる。
たまたまトイレを借りにたちよったイレブンで見つけた本↓
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「なぜ「いい人」は心を病むのか」真面目で純粋な優しい人が傷ついていく
精神科の医師が書いた本。ちょこっと読んでみたけどゆうこが言いたいことと同じ様なことが書かれている。
衝動的に買ってしまった。
心が病んでいるから…。
時折死にたい気持ちになる。理屈じゃない。
「死んだ気になればなんでもできる。」は真っ赤な嘘。死んだ気になってチャレンジして失敗すると笑われるし顰蹙を買う。その上さらに「ちゃんとやれよー。」なんてちゃかされ凹んでしまう。
世話を焼くとまわりまわって自分に返ってくると父は教えてくれた。
しかし今の時代、いいように利用されてボロ雑巾のように疲れ果てる事がほとんど。
恵まれてる人にはわからないよね。死にたくなるってどんなことか。
でも、他人事じゃないよ。だって不幸はなんの前触れもなく突然おとずれるものだから。
「死ね!」「うぜえ。」「消えろ!」「くっせー。」「ばい菌。」「ゴミ」…。
人を罵倒する言葉は数え切れないほどある。
いじめにあったうちの息子でさえ時々他人に暴言を吐くんだ。
ジキルとハイドって知ってる?じっくり読んだことはないけど人間の二面性を見事に描いた作品。
天使と悪魔。
1万円札が落ちている。
天使の自分は「交番に届けないと。」
悪魔の自分は「もらっちゃえよ。」
よっぱらいにからまれてる女性がいる。
天使の自分は「助けてあげないと。」とか「警察呼ばなきゃ。」
悪魔の自分は「みないふりが一番。」とか「カッコよく助けて彼女の気を引こう。」とか。
教室でいじめにあってる子がいる。
天使の自分「だめだよ。そんなことしちゃ。」と止めに入らないと。
悪魔の自分「下手に助けたら自分がターゲットになる。」
息子は天使の自分が勝って女子を助けたら見事にターゲット。転校生だからなおさら。背が高くて目立つからなおさら。
どんなに精神力が強い人間でも言葉の暴力には勝てない。
精神的ダメージを受けているときはなおさらだ。
大好きだったおじいちゃんが悪性リンパ腫になった。
九州の仲良しの友達と別れて千葉に引っ越した。
学校って転校生を受け入れるという事に対して冷酷無比だ。それは自分が転校したときに身に染みて感じた。
日本人は群れるのが好きだ。アメリカやヨーロッパで働く日本人は奥様同士寄り集まってまわりと協調性がないからやりにくいと何かに書いてあった。
そういえば今朝マレーシア教育の話題やってたなあ。日本人ってその国の人の事なんて考えない人多すぎ。利口な人は現地に行く前にリサーチを入れるけど、日本人は行った先々で自分の習慣を変えようとせず迷惑かけちゃったり。
地方へいけばいくほど封建制の名残でよそ者を拒む。新しいものを受け入れようとしない。
物心ついた時に「ともだち」ができる。今のともだちは親がつくったようなもの。公園つながり→幼稚園つながり→小学校つながり→中学校つながり。家族ぐるみでバーベキューパーティーしたりバースデーパーティーしたり。で、高校は特色入試で同じ学校へ行き、大学はAOで同じ大学に行く。LINEでつながり他を拒む。
せっかく進学したのにぼっちで悩む学生さんは多い。
みんながみんなじゃないけれど…。有名校に入れたラッキーな奴は他を小馬鹿にして優越感に浸る。
「FランFランおまえらには雑用がお似合いさー。ホラここふけよ。はよしろよっ!」バイト先での暴言。たまたまコンビニで目撃。
小僧寿司でも「おまえになんか就職口はありゃしねー。一生ここで寿司でも握ってなっ。」
高校生って列車の中で我が物顔。有名校の制服を誇らしげに見せつけてばかみたい。(←ひがみではない。ゆうこは有名校卒。)人間としてまだまだ未熟で世間を知りもしないのに、無限の可能性を秘める他の学校の生徒達をいじめては楽しそうに笑う。「あんたらには将来なんてないのよっ!」
なんてこったい。有名校は進学率が高いんじゃなくて大学受験する人が行くだけの話。就職面接で「K高なら大学行けば。」と言われるのが関の山。家庭の事情で就職した子がいたけど何社もこの言葉で落とされたそうだ。
当時の現役合格率は35%。ということは2/3は浪人したわけだ。で、1浪で合格できる保証はないし、その後どうしたかは知らない。
50代にもなると腹も出てるが人生大きく差が出てる。
金持ちや有名人になった人もいれば、借金苦や男(女)にだまされたり、犯罪を犯したり、不幸にみまわれたり。大切な人を失ったり、いらんものしょいこんだり。
金持ちや有名人を人は「幸せな人」と呼ぶ。
借金苦や不幸に見舞われた人を人は「不幸な人」と呼び、努力が足りないからだと決めつける。
幸運は時として棚からぼたもちだったりする。
不幸は突然沸いて出てくることもある。
人生は死んでみないとわからない。死人に口なしというけど棺の中の人はピクリとも動かないし何もしゃべらない。(←たまに息を吹き返すことがあるからお通夜があるんだよー。)
おじは長年校長先生として子供達から慕われ退職後は町内会長として活躍した。なのに特別養護老人ホームで気管に痰をつまらせて孤独で死んでいった。
家族は皆教師だから介護ができない。だから老人ホームに入ってた。仕事と介護は両立できない。どちらかしかできない。やってもない人にはわからないけどさ。
現役時代は会社での職掌(役職)でみんな群がってくる。なのに退職の日に両手に抱えきれないほどの花束をかかえみんなから「お疲れ様。」とねぎらってもらった翌日からは誰も寄ってこない。「退職ってそんなもん。」父はそう言ってた。
でも葬式の時には「世話になったから…。」とたくさんの人がかけつけてくださった。厳しいけど優しくて世話好きで実直な人だった。父は家族に囲まれて死んでいった。庶民はしがらみが少ないから大切な人の死に際にかけつけることが可能。きちんと別れが告げられる。庶民で良かった。
大切な人がいなくなって言葉の暴力に苦しめられたら死にたくなって当然。
生きてたって地獄なのだから死なせてやればよかったが、中途半端に助かっちゃって一生障害を抱えて生きていくのではもっと気の毒。ついつい止めに入ってしまう。
「生きてたらきっといいことあるから。」「どんな?」「…。」
お金持ちになれない。就職できないかもしれない。だって金>コネ>実力だから。結婚したくないらしいし…。
一生懸命生きていていいことなければ落胆して死にたくもなる。
たまたまトイレを借りにたちよったイレブンで見つけた本↓
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「なぜ「いい人」は心を病むのか」真面目で純粋な優しい人が傷ついていく
精神科の医師が書いた本。ちょこっと読んでみたけどゆうこが言いたいことと同じ様なことが書かれている。
衝動的に買ってしまった。
心が病んでいるから…。
時折死にたい気持ちになる。理屈じゃない。
「死んだ気になればなんでもできる。」は真っ赤な嘘。死んだ気になってチャレンジして失敗すると笑われるし顰蹙を買う。その上さらに「ちゃんとやれよー。」なんてちゃかされ凹んでしまう。
世話を焼くとまわりまわって自分に返ってくると父は教えてくれた。
しかし今の時代、いいように利用されてボロ雑巾のように疲れ果てる事がほとんど。
恵まれてる人にはわからないよね。死にたくなるってどんなことか。
でも、他人事じゃないよ。だって不幸はなんの前触れもなく突然おとずれるものだから。
こんばんは。
先日のコメントがしりきれトンボだったのは文字数が多かったのかカットされたみたいです。
ご心配していただき、ありがとうございました。
5日に診察。またまた一ヶ月の休務の診断書を貰いました。
でも薬が減ったので少しホッとしています。
職場は、統括長が思うがままにレイアウトを変え、入院調剤の運用を変更しているようです。私が復帰する頃には、なにもかも変わっていそうで…。
この年で中を変えられたら、ついていけないです。
病棟への服薬指導に行ってないのは、うちの病院だけ。
イコールお金を稼いでいないって事。
私が復帰したら、病棟への服薬指導に行こうと考えてます。
患者様と話ができるし、私には向いてると思うし。
うちの病院の職員で旧病院から移行した人が、少しずつ退職したり、
心を病んで休んだり、
食事が喉を通らなくなったり
意欲が低下したり
と言う状態の方が出てきています。
人を大切にしないし、無理難題押しつけてるし、結局「儲け」が一番大事なんだよね。
職員は、無駄話はせずロボットの様に働けばいいと思っています。
だから、周りに気を使ったり優しい人は耐えきれなくなるみたい。
いい事は考えないですね。
寝ると、今でも悪夢を見ます。
子供達が寝てしまってから、トイレに籠って泣きながら
「もう疲れたよ。死んでしまいたい。楽になりたい。」と思う事があります。
仕事もいつ復帰出来るのかわからないし
子供達には、お金の事で色々我慢させてるし
息子はバイトを増やすのに喫茶店に行って凹むし。
親として辛いですよ。
でも、私が死んだら子供達は学校を辞めて働かなくちゃいけなくなるし…。
来週、傷病手当の手続きに行きます。お給料の3分の2が貰えるらしく、助かります。
弱音を吐いて、ごめんなさい。言える人は、ゆうこさんだけなので。
子供の前でも親の前でも心配かけたくなくて嘘をつく。本当は苦しかったり悲しかったりするのに…。鮎原こづえだって「コートの中では平気なの。」コート外ではムリってことだよね。涙も汗も若いファイトで~アタック~アタック~No.1だけど、プライベートでは…。彼氏は崖から落ちて死んだんだっけ?(←どうでもいい話ですみません。)
とにかく心のお荷物は誰かに話して少しでも軽くしないと。お互いにね。
お大事になさってください。
ブログの方に来れなくて本当にすいませんでした。
私は段々忙しくなってきたのでゆうこさんのブログにコメントを出すのも難しくなってきました。
ゆうこさんのブログは大変勉強になります。
私がもし親になって、子供がいじめを受けたらどうやって接すればいいのかわからない場合(今は警察が介入ができるようになったので相談する幅が増えてきました。)また、親がもし認知症や寝たきりになった場合もどうやって対処すればいいのか問題ですよね。
私は今でこそ学生ですけど、一歩外を出れば社会人です。
息子さんが暴言を吐くようになったのはおそらくストレスをどこかにぶつけたいからじゃないでしょうか。
いじめという現実から目を背きたいのかはわかりません。しかし、少なくてもつらい現実から目を背けていることは間違いないと思います。
優秀な人間は常に実力を高く維持しなければ馬鹿にされるのが嫌だから、どんな手を使ってもやり遂げるでしょう。また、親に期待されているからこそ重荷に感じてその不満を手当たり次第にぶつけたいのだと思います。
最後に生きていれば可能性があるというのは確かに慰めの言葉では良く使いますけど、人によってそれが重荷に感じることがあります。例えばうつ病患者にがんばれとは言ってはいけません。理由はうつ病の患者は基本真面目な性格が多いからです。
不幸に対しては気休めかもしませんけど、神社などのパワースポットに行くのもいいと思います。
長くなりましたけど、余裕があればぜひ読んでください。
体に気をつけてください。あまりに根気を詰めないで休める時はしっかり休んでください。
神社ですか。いいかもしれませんね。
秋に家族で日光東照宮に行こうかと思っています。子供が大きくなると家族ででかける機会もなかなかないので息子が就職する前に…。バカ息子は電気科卒業後鉄道への夢があきらめきれず某専門学校の鉄道・観光コースに進学するようです。まだまだ老体にムチ打って働かないといけないようで。でも、患者様からあなたに会えてうれしいと言われるとがんばらなきゃと元気が出ます。それと同じくらいあなたのメッセージが私に勇気を与えてくれます。いつもありがとうございます。