コメント
行こうと思っていた常寂光寺
(
kazu
)
2008-12-01 00:21:44
の綺麗な紅葉が見られました!
阪急電車の”もみじ散策”に載っていた嵐山の嵐峡、宝厳院、茅葺の仁王門の常寂光寺を見て行きましたが、遅い時間からの出発なので天竜寺までで帰ってきました。
仁和寺の石庭と池と紅葉もきれいでしたね!
嵐山路線図も見せてもらい、まっさかりの紅葉見物有り難うございました!
昨年は遅かったので…入口で回れ右しました!
(
yukariko
)
2008-12-01 01:28:39
紅葉もちょっと時期を外すと落ち葉になってしまいます。
だから先週がちょうどで日曜が最後ぐらいでしょうか。
帰ってしまわれたのは残念でしたが、私達だって何度も無駄足を踏んでいます。
説明を一杯書きたい時のフラッシュは自分で作りますが、今回は紅葉の彩りを楽しめばいいとお借りしました。
借りて作るのは簡単でいいですね。
嵐山は平日でも凄い人波でしたし、遅れてきたもう一人と嵐山駅で待ち合わせだったからゆっくり鑑賞どころか…必死で車道を戻りました(笑)
一年ぶりで会う友人と観光客の少ない仁和寺の御殿とお庭をゆっくり散策出来てよかったです。
常寂光寺も仁和寺も平家物語ゆかりの寺です!
(
sakura
)
2008-12-04 16:47:23
萱葺きの仁王門、燃えるような紅葉、常寂光寺は「日本の秋」を堪能させていただきました。
このお寺に高倉院より小督に賜った「琴」があるそうですが、
まだ拝見したことありません。
琵琶の名手「経正」が守覚法親王から預けられた「青山」を
都落ちの朝、仁和寺に返しに来て書院前の階の下にひざまずきますが、
守覚法親王は「経正」を「これへ」「これへ」と言って
縁に上げ別れを惜しむ場面をyukarikoさんの写真を見せて頂いて思い出しました。
sakuraさまの「平家物語…」の影響がすごいです。
(
yukariko
)
2008-12-04 23:56:10
京都の社寺を四季折々に友人と回り20年近いですが昨年今年は源氏・平家(皇室関係)が増えました。
ブログを読ませて頂いて知らなかった所に関心を持ったり、改めて訪ねたり、興味の深さがはるかに深く変わってきましたから。
常寂光寺の高倉天皇より賜った「琴」というのは「お寺の案内」にも載っていませんでした。
小督が「想夫恋」を弾いた琴でしょうかしら?
仁和寺の宸殿の御座所にはこのお寺で30年を過ごされた宇多法皇の極彩色の肖像画が飾られていました。
でもやはり先日からの記事にあった、待賢門院彰子の子供・覚性法親王・以仁王の兄・守覚法親王、安井宮道尊など歴代の門跡や弟子・別当の名前に親しみを覚えたせいもあって、仁和寺の御室御所が見たくなりました。
ブログで番外編の数々の逸話を載せて下さるのでとても内容が膨らんで、それを頼りにお寺巡りの参考にさせて頂いています。
改めてありがとうございます。
全て覚えてくださっていたのですね!
(
sakura
)
2008-12-05 01:38:20
小督ゆかりの琴が、各所に残されています。
「歩いて楽しむ平家物語」に、常寂光寺に小督が用いたという琴が伝わっていると書かれています、非公開だそうです。
小早川秀秋によって常寂光寺に寄贈されたということです。
因幡堂の名前で知られる平等寺には、小督愛用の琴これも非公開ですが、梅原猛著「京都発見」で琴の写真は見ました。
小督が「想夫恋」を弾いた琴かどうかは分かりません。
仁和寺の宮たちは保元の乱の崇徳上皇、平治の乱の後白河、
平家の都落ちに残った平頼盛もかくまいました。
「経正」は、お能でも観ました。
平家物語の中でも、経正が琵琶を返しにいくシーンは好きな場面の一つです。
yukarikoさんの写真に、書院前の階(きざはし)が撮影されていたのでコメントさせていただきました。
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阪急電車の”もみじ散策”に載っていた嵐山の嵐峡、宝厳院、茅葺の仁王門の常寂光寺を見て行きましたが、遅い時間からの出発なので天竜寺までで帰ってきました。
仁和寺の石庭と池と紅葉もきれいでしたね!
嵐山路線図も見せてもらい、まっさかりの紅葉見物有り難うございました!
だから先週がちょうどで日曜が最後ぐらいでしょうか。
帰ってしまわれたのは残念でしたが、私達だって何度も無駄足を踏んでいます。
説明を一杯書きたい時のフラッシュは自分で作りますが、今回は紅葉の彩りを楽しめばいいとお借りしました。
借りて作るのは簡単でいいですね。
嵐山は平日でも凄い人波でしたし、遅れてきたもう一人と嵐山駅で待ち合わせだったからゆっくり鑑賞どころか…必死で車道を戻りました(笑)
一年ぶりで会う友人と観光客の少ない仁和寺の御殿とお庭をゆっくり散策出来てよかったです。
このお寺に高倉院より小督に賜った「琴」があるそうですが、
まだ拝見したことありません。
琵琶の名手「経正」が守覚法親王から預けられた「青山」を
都落ちの朝、仁和寺に返しに来て書院前の階の下にひざまずきますが、
守覚法親王は「経正」を「これへ」「これへ」と言って
縁に上げ別れを惜しむ場面をyukarikoさんの写真を見せて頂いて思い出しました。
ブログを読ませて頂いて知らなかった所に関心を持ったり、改めて訪ねたり、興味の深さがはるかに深く変わってきましたから。
常寂光寺の高倉天皇より賜った「琴」というのは「お寺の案内」にも載っていませんでした。
小督が「想夫恋」を弾いた琴でしょうかしら?
仁和寺の宸殿の御座所にはこのお寺で30年を過ごされた宇多法皇の極彩色の肖像画が飾られていました。
でもやはり先日からの記事にあった、待賢門院彰子の子供・覚性法親王・以仁王の兄・守覚法親王、安井宮道尊など歴代の門跡や弟子・別当の名前に親しみを覚えたせいもあって、仁和寺の御室御所が見たくなりました。
ブログで番外編の数々の逸話を載せて下さるのでとても内容が膨らんで、それを頼りにお寺巡りの参考にさせて頂いています。
改めてありがとうございます。
「歩いて楽しむ平家物語」に、常寂光寺に小督が用いたという琴が伝わっていると書かれています、非公開だそうです。
小早川秀秋によって常寂光寺に寄贈されたということです。
因幡堂の名前で知られる平等寺には、小督愛用の琴これも非公開ですが、梅原猛著「京都発見」で琴の写真は見ました。
小督が「想夫恋」を弾いた琴かどうかは分かりません。
仁和寺の宮たちは保元の乱の崇徳上皇、平治の乱の後白河、
平家の都落ちに残った平頼盛もかくまいました。
「経正」は、お能でも観ました。
平家物語の中でも、経正が琵琶を返しにいくシーンは好きな場面の一つです。
yukarikoさんの写真に、書院前の階(きざはし)が撮影されていたのでコメントさせていただきました。