はーちゃんdays 2

大学生の娘と高校3年生の二人の子供の父親。

寝たきり老人になるのは嫌だ。その4

2025年02月27日 | おやじの思考回路

 

ある老人Mの一日(別の日)  
目が覚めた。天井を見つめる。今日は少しだけ特別な日だ。  
週に一度の全身浴の日。  
入浴ができるのは、この施設で決められたスケジュールの中で、ほんの数少ない楽しみのひとつだ。温かい湯に浸かることができる。体を優しく洗ってもらえる。ほんのひとときでも、ベッドの上から解放される。  
しばらくすると、足音が聞こえ、看護師たちがやってきた。  

「Mさん、今日はお風呂の日ですよ。」  
そう言われ、身体を持ち上げられ、ストレッチャーに移される。もう慣れたものだ。少しの間、天井の見え方が変わる。  
(浴室に運ばれる。)  
湯気が立ち込める中、ストレッチャーごと湯船に沈んでいく。  

「ああ……」  
声にはならないが、全身がふわりと包まれる感覚が広がる。体が軽くなる。久しぶりに、自分の身体が少しだけ自由になったような気がする。  
温かい湯が心地よい。看護師が体を丁寧に洗ってくれる。  
だが、すぐに気分が曇った。

 
「ねえ、昨日の会議のこと聞いた?」  
「聞いた聞いた、師長また面倒くさいこと言ってたんでしょ?」  
「そうなのよ! あの人、現場のこと何もわかってないくせに、偉そうに指示ばっかり出してさ……」  
私は黙って湯の中に浸かっている。声を出すことはできない。体も動かせない。  
ただ、彼女たちの会話を聞かされるしかなかった。  
「ほんと、やってられないよね。Mさんもわかるでしょ? あの師長の理不尽さ!」  
私はまばたきする。どう答えればいいのかもわからない。そもそも、私は師長のことをよく知らない。ただ、お湯に浸かり、気持ちよく過ごしたかっただけなのに。  
看護師たちは洗う手を動かしながら、ずっと師長の愚痴を続けた。  
私は湯の心地よさと、耳に入る嫌な会話との間で、どうしようもない気分になっていた。  
(入浴が終わる。)  
体を拭かれ、ストレッチャーの上でタオルに包まれる。心地よい温もり。でも、気持ちは重いままだった。  
部屋へ戻る。  
また天井を見つめる時間が始まる。  
せっかくの入浴の日だったのに、今日はなんだか疲れた気分だった。

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