夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ブログの世界でも、シニア世代の十人十色のセカンドライフ、私は多々教示されて、感謝を深めて・・。

2022-08-21 08:47:39 | 喜寿の頃からの思い
私は民間会社のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

こうした中で遠い勤務地に勤め、この期間も私なりに奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、

定年後はやむなく年金生活を始めたひとりである。
                          
そして年金生活は、サラリーマン航路は、何かと悪戦苦闘が多かった為か、
つたない半生を歩んだ私でも、予測した以上に安楽な生活を享受している。




過ぎし年金生活を始めた当時、ネットの世界は私は殆ど無知な癖に、
この当時にIBMなどからホームページ作成素材のソフトを買い求めて、
漠然としながら『ホームページ』を立ち上げようと思ったりした。

そして自身の日々の思い、そして過ぎ去った時代の思いのことなどを
出来うる限り随筆風の散文を綴り、公開しょうと思案したりしていた。

しかしながらホームページの開設までの技量に乏しく、無名の私が開設・運営した所で果たして、
と躊躇していた時に、
偶然に本屋の店頭で一冊の本にめぐり逢え、私は初めて『ブログ』の世界を知った・・。

この本は『はじめよう! みんなのブログ』(インプレス)と題された、
別冊インターネット・マガジンであった。



                         
           
ブログの世界は、多くは匿名制度であり、ある程度の良識を根底に於けば、
それぞれの御方が自由に、私生活の出来事から、政治、外交、軍事、経済、社会などの分野まで表現でき、
日本でも2002年(平成14年)の頃から急速に普及し、
誰でも発信できる人類史上初めての時代が到来してきた。

この少し前の時代は、もとより各専門知識のある有識者が、雑誌、新聞などに寄稿文を掲載することができる時代で、
私のように無名で素人の身は、せめて新聞・雑誌などの読者コーナーで、記事を投書できる範囲であり、
そして掲載の判断は、編集部の意向で決められていた。

こうした結果として、私は自在に私の生活のことから、政治、経済、社会などに専門知識がない私でも、
私なりの思いを発露できる上、何よりブログはホームページより手軽に開設、運営できると感じ、
ブログに加入しょうと決意した。




そして2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入した後は、
2つばかりの10万人ぐらい加入していた小さなブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)1月19日に加入し、
この日から6423日が過ぎている。

この間、まもなく他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり中断したが、
やがて2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。    
        
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸17年が過ぎて、早や18年生となっている。
結果的には、パソコンの故障、国内旅行、入院などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。

              
                                              
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)として残したいからであった。

そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
                    
私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情を大切にしているひとりである。

恥ずかしながら数多くの駄文を綴ってきたが、
ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。

こうした中で、60代の投稿文の内容は、やはり幼年期~現役サラリーマン時代の想いでが多く、
或いは年金生活を過ごす実情を脚色もせず、数多くの投稿文を綴ってきたりした。

そして70代になると、自身の体力の衰えを実感した為か、
健康、病気、介護、葬儀、家計などを学んだことに、
私の思いを前後に加味した投稿文に変貌した内容となり、
まるで餡子(あんこ)の入った『お饅頭(まんじゅう)』のような投稿文となり、独り微苦笑する時もある。                                                                    

               
                                                  
こうした中で、私は投稿文の時に、多くの方に読んで頂きたい自己顕示欲もあり、
投稿文の中では、改行を多くし読みやすいようにしている。

或いは9年近く前の頃から、何とか写真を添付することが出来たので、
乏しい筆力を補(おぎ)いながら、カット代わりに写真を掲載したりしている。
         
私はブログを投稿する際、ひとつのテーマを決めて、真摯に、ときには楽しく綴ることもあるが、
不勉強の為に筆力が乏しいながら、最後までお読み頂けるように試行錯誤をしたりしている。

しかしながら私の投稿文の内容は、あふれた思いを伝わるように熱意ばかりで、
一気呵成に書き上げてしまい、ときには長き投稿文になったり、
投稿文を送信した後、読み返したする時、つたない綴りが多いので反省する時もある。
               
ここ10年、このサイトに綴ることが生きがいのひとつになり、
数多くの御方にお読み下さり、私がブログが継続できたこともあり、偏(ひとえ)に感謝の一言です。

                                   

こうした中で、数多くの諸兄諸姉の投稿文を読ませて頂くと、
ここ11年ぐらい殆どの方が、心ある写真を添付されたりしてきた。

そして私は、いつまでも言霊(ことだま)を信愛し、散文のような文章だけでの表現は、
時流に残されてしまうかしら、と私なりに憂慮してきた。

特に旅行関係の投稿文に関しては、散文を綴りながら危惧してきたのが本音でもある。

過ぎし2012年(平成24年)の『文化の日』の翌日の4日から、
私は遅ればせながら写真添付を始めて、投稿文を重ねているが、
昨今、写真を添付しないと、何かしら寂しい心情となり、我ながら独り微苦笑したりしている。



               
                 
こうした中、私は特に数多くの50代以上の皆様の投稿文を読ませて頂きながら、
いつも感じられることは、日記として綴られている場合は、
その人なりの思いをその御方ご自身の言葉で、淡々と綴られているのに、
圧倒的に感動を覚(おぼ)えたりしてきた。

そして日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、と教示されることが圧倒的に多く、
お住まいの地域、これまで綴られた人生航路の軌跡に思い馳せながら、
何よりも生きた人生の教科書、と確信を深めたりしている。


こうした中、特に私自身が古稀と称した70歳を迎えた頃より、
私はご年配の御方の投稿文を見上げるように読み、多々教示されて過ごしたりしてきた。

私は高齢者に入門した65歳の頃、作家・渡辺淳一さんが何か随筆で、
その年にならなければ、解らないょ、
このような意味合いの言葉を学んできたので、齢を重ねるたびに気付かされて、
人生体験が豊富なご年配の投稿文を深く読ませて頂いている。

このように私は、ブログの世界でも、シニア世代の十人十色のセカンドライフを多々学び、
私が偶然に魅了されて、長らく愛読している御方には、

お逢いしたことがないけれど、感謝を深めたりしている。

こうして読ませて頂きながら、つたない私は秘かに励ましを感じたり、微笑んだりして、
確かな人生の底知れぬ哀歓を学びながら、年金生活を過ごしたりしている。

                            

こうした数多く投稿文を読ませて頂く中、たとえたった一行の綴りでも、
私は瞬時に心の中の琴線(きんせん)が静かに奏(かな)でり始めて、
やがてその御方のブログに魅了されて、愛読者のひとりになってきた・・。

或いはコメントを頂いたり、或いは私は数多くの方の投稿文を読ませて頂き、
感きわまってコメントをしたりしている。

何よりもこの広い空の下で、お逢いしたこともない御方に投稿文の上で、
めぐり逢えたことに秘かに感謝を深めたりしている。
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 平素おとなしい私でも、とき... | トップ | 蓮(ハス)、そして湧水(わき... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちわ! (papaたん)
2022-08-21 18:09:24
何時も感心して拝見させて頂いています。

それは、私が文章に疎い....苦手な処もあり言葉と云うか漢字もあまり知らない馬鹿な私です。

長文を毎日書かれているのも凄いなぁ~と、思います。
是だけのコメントを打つにも、約半時間費やしている状態の私です。

載せられている写真も、撮り方や切り取り方の上手さを感じるのですが、写真を相当されていたのでしょうか?
返信する
あなた様のお写真の深い思い・・ (夢逢人)
2022-08-21 19:49:59
papaたん様。

初めまして・・。

>時も感心して拝見させて頂いています。

こちらこそ、あなた様のブログ・・偶然に拝見して、
お写真のまぎれない美しさに瞬時に圧倒され、
これ以来愛読者のひとりとなってきた次第です。

>載せられている写真も、撮り方や切り取り方の上手さを感じるのですが、
>写真を相当されていたのでしょうか?


過ぎし2004年(平成16年)の秋に定年退職する一か月前、
家内から定年退職の記念品として、何か買い求めたら、と私は言われたりした。

私は若き1960年(昭和35年)の4月、都心のある私立の高校に入学して、
クラブとしては写真部に所属し、人を写すポートレートは照れ臭いので、 風景画に専念し、
現像などを含めて、ニコン、キャノン、アサヒペンタックスなどのフィルム一眼レフのカメラから、
写しだされる奥行、深さも少しは学んだりした。

その後のサラリーマン時代の多忙の時代は、フィルムのコンパクト・カメラで、
ともすれば忘れるので、記憶のメモ代わりに撮ったりしてきた。
                           

そして定年後は、やむなく年金生活を予定していた私としては、
一眼レフのカメラだと、 レンズの買い増しなどの購入などでエスカレートすると費用も際限なくなるので、
やむなく断念し、 この当時としては高質とされていた800画素でズームレンズのあるカメラ一体型で、
程ほどの良質なキャノン、ニコン、ソニー、コニカミノルタから選定することとした。

結果として、手ブレ補正の搭載されている随一の商品で、
総合教養雑誌の『サライ』でも賞賛されていたコニカミノルタの『DIMAGE A2』とした。

そしてデジカメ本体に、カメラ・ケース、充電器、リチウムイオン電池の予備、
記憶媒体はCF(コンパクト・フラッシュ)であるので、512MBを購入し、確かこの当時30万円を超えた。

このデジカメは、ズームが35mmフィルム換算で28~200mmであり、
周遊観光などに参加した場合は、ゆったりと撮影する時間が少ないので、
画質さえ800画素以上要求しなければ、一眼レフでレンズ交換をしたりすれば、
確かに私のデジカメは、構図が素早く決められ、機動力がある、と秘かに思ったりしていた。


この後もデジタルカメラの進化は、周知のとおり日進月歩となり、
技巧も乏しい私でも、新たなカメラに魅了されて、ニコンの『クールピクス P510』を買い求めたりした。

やがて確か8年前、三代目のパナソニックの『LUMIX(ルミックス)
DMC-FZ1000』となっている。



こうした中で、年金生活の午前中のひとときは、
殆ど毎日のように自宅の周辺3キロ範囲を散策していると、
季節の移ろいに魅了され、一期一会かしらと思いながら、情景を撮ったりしてきた。

或いは家内と共通趣味の国内旅行を幾たびも重ねる中、
その地の情景に圧倒的に魅せられて、撮ったりしてきた。


こうした中で、恥ずかしながら私は、齢を重ねるたびに忘れることもあり、
やむなく記憶のかたみ、として撮り続けてきた・・。

そして過ぎ去った日々の写真を見たりすると、
あんな情景があったのか、と愛惜を重ねたりしている。

何よりも驚いたのは、10年前の67歳だった私の表情が若く、
こればかりは・・と独り微苦笑をしたりしてきた・・。


やがて一昨年の2月の初旬、デジカメを買い改めようかなぁ・・、と思案してきた・・。

こうした根底には、一昨年の12月初旬に本屋で視た、
家電批評の『デジカメ ビデオカメラがまるごとわかる本 2021』、
購読して、改めてデジカメも加速されて、進化していたことを学んだりした・・。

世の中は新コロナウィルスの烈風で閉塞感があり、
私も好きな国内旅行も、『三密(密集、密接、密閉)』の信義の前では、
つたない私でも天に唾(つば)をかける行為で、まぎれなく非国民に該当するので、
旅行はダメだよなぁ・・、我慢しながら断念してきた。

せめて衰えた心身を私自身を鼓舞させる為に、
デジカメを買い改めて、日常生活を活性化しょうと、
秘かに思案したりしてきた。

こうした根底のひとつには、私は1944(昭和19年)の9月に農家の三男坊として生を受けて、
今年は数え年77歳となり、9月の誕生日を迎えて満77歳となり、
お祝いの言葉で表現すれば、『喜寿(きじゅ)』の年となる。

そして幸運にも、何とか「健康寿命」で迎えられるかしら、
と思ったりした・・。
こうした中で、デジカメは私の乏しい技巧でも、
少し背伸びした機種を選定しょう、と思い深めたりした。

そして2月8日、ヨトバシカメラのマルチメディア吉祥寺店に行き、
本体は、 ソニーのデジタル一眼カメラα(アルファ)α7R III 、
レンズはズーム型の好きな私としては、ソニーの24~240mm、
として、購入した。

やがて私は、少年のような無我夢中となり、我が家の周辺などを撮ったりして、
と微笑んだりしている。

カメラに関して、このような投稿文を投稿しました。

こちらこそ、あなた様のお写真の深い思い・・私は瞬時に感じている次第です。

コメントありがとうございました。

今後ともよろしくお願い致します。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

喜寿の頃からの思い」カテゴリの最新記事