夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「冬の残照」3

2006-11-08 21:55:55 | 自作の小説

「綺麗な生徒さんばかりで 周囲を固めているようですもの」

「・・・・・」

「せっかくきれいなんだから まだ若いうちに男の方てもお付き合いなさいな」

高笑いと共に鶴子は 一郎を従え出て行った

「先生?」 千花が振り向くと 心配そうに田宮かずひが見ている

「ごめんなさい 何か嫌なこと言われなかった? 姉はサボテンみたいな人だから まったく何考えているのだか」

それから気を取り直したように微笑みかける「あと少しね 終わったら 打ち上げ考えてるから 楽しみにしていて」

田宮かずひが次に白藤一郎を見たのは 稽古事の帰り道 バス停でバスを待っていた時だった

―あれは 先生のお姉さんの連れの男性(ひと)―

暗い目をした人だったなと思い出す

鶴子という人は 綺麗だけど圧倒されそうな迫力があった

それは一瞬 目が合ったと思った

向こうも気がついた 確かに・・・

それからいっぺんに 起きた

かずひは気がつかなかったが 一郎からは見えたのだ

看板が上から落ちてくる

―間に合うか?―一郎は思うより先に駆け出していた

ぐわっと凄い力で突き飛ばされて 目の前が真っ白になったかずひが気がつくと 大騒ぎになっていた

「大丈夫か 折れてないか」 心配そうに覗き込む顔がある 随分と優しい目だった

落ちて来た看板の下敷きになる所を助けられたのだと 周囲の人の話から知った

救急車が来て念の為に病院へ運ばれた

村井千花先生には 男が連絡し 先生が家へ電話を入れてくれたのだと 後になってかずひは知った

まだ名前も知らない男は「怪我をしてなくて良かったよ」笑顔を遺して消えた

病院の玄関で一緒になったのだと 千花とかずひの両親は一緒に病室へ入ってきた

「ああ白藤一郎は わたしの高校の時の同級生なのよ」

千花の言葉で {白藤一郎} やっとかずひは その名を知った

落ちる看板 自分を救ってくれた男 去り際の笑顔

それは かずひの随分と大切な想い出になる

鶴子と一郎の関係を薄々気付きながら―

それはまだ出会い その時は 恋ではなかった

学年が進み かずひの担任を外れても 文芸部の顧問ということで 千花との交流が絶えることはなかった

かずひが卒業してからも 手紙や電話のやりとりが続き

その頃には千花にとって かずひは 初めての教え子であると同時に 妹のような存在になっていた

結婚が決まった時 招待状より前に 千花はかずひに電話した「来てくれる?」


「冬の残照」2

2006-11-08 12:39:23 | 自作の小説

ひと枝の雪柳を抱えて戻ってきた青年の落ち着きを装ってはいるが何処か上気した顔つきを 鶴子は憎いと思った

青年でなく彼にこんな表情をさせた相手の少女が

自分が企んだことであるのに面白くない

常識的には青年の相手としては 妹の千花か あの少女あたりの年頃であると 充分承知している

まして学生時代の千花が 同級生の青年 白藤一郎に片思いしていたことも知っている

―それがどうしたのよ!―

一郎と初めて会った時 鶴子には 大学を出ればすぐ結婚する婚約者がいた

家同士の決めた相手 松本智彦

はるかに年下の まだ少年っぽさを残した一郎を 鶴子は『欲しい』と思ったのだ

そして・・・手に入れた

一郎の未来は自分のものだ 全て

夫の遺した会社に就職させようと思っていた一郎は しかし大学卒業後「借金をてっとり早く返す為」と ホストになった

そんな逆らいぶりは可愛い

まだ三十歳の鶴子は自分の美貌と肉体に自信を持っていた

―あんな小娘などに―

垢抜けない女学生ではないか

千花が家へ送る為に車庫の方へ生徒達を連れて行く姿が 鶴子の部屋から見えた

一人だけ制服でないので 風呂に入ったのが その娘と判る

色の白い大人びた 着る物のせいか 年より上に見える娘だった

学園祭は一週間後だという

鶴子は一郎を連れていくことにした 「こんな機会でもなければ 女子校の学園祭なんて行けなくてよ」

ホストをしている一郎の着こなしは この日は地味な背広に押さえていたものの 人目をひいた

千花の文芸部は 詩集や学生の書いた小説の小冊子を無料で配っていた

桜舞う 吹雪美し 人見れど 花の死骸の 哀れ無残

月浮かぶ 清らな夜に 我泣ける この瞬間は 二度とはあらじ

展示された短歌の中でも 毛筆が目をひく 平仮名で「かずひ」とあった

その短歌の下で先日の娘が 押し花のついた栞を配っていた

一郎も気がついたようだ 娘を注視している

美しい娘だった 整った顔をしている

千花と同じ 知の勝った顔だと 鶴子は思った

まっすぐなまなざし

一郎に目を止めた娘は 頬を染めた

鶴子は軽く眉をあげる ―こんな娘を引き裂いたら どんなに楽しいだろう―

長い付き合いで 鶴子がこういう表情をした時は用心が必要だと一郎は知っていた

「この二首は美しいけど哀しい歌だね 字が凄く綺麗だ かずひさんというのは?」

鶴子の顔が引きつるのが判る

娘は栞を差出しながら「私です」そう言った

そこに千花が入ってきて 警戒するように声をあげる 「お姉様!」

「あらあ~ら こわい顔しちゃって 可愛い妹がどんな学校で頑張っているのか 見にきてあげたんじゃないの」

年齢が七つ離れているせいか この姉に親しみを感じることは 千花は殆どない

同じ家に住んでいても 鶴子の取巻きにかつての同級生 一郎が加わったこともあり 他人より冷たい関係にあった

村井の家を継いだ真一にも 鶴子は「わたくしのお陰で この家は潰れずに済んだのよ」と言い放つ

千花は姉のようになるまい―と思っているのだ

「嬉しいわ お姉様 どうぞ ゆっくり眺めてらして」

「千花さん あなた エスの気があるのではなくて」

「エス?」


長谷川卓著「死ニ方用意 小説臼淵大尉」ハルキ文庫

2006-11-08 00:03:25 | 本と雑誌

長谷川卓著「死ニ方用意 小説臼淵大尉」ハルキ文庫
戦艦大和の最後の作戦で死んだ青年士官の清冽な生き様を描いた作品

日本が負けて新生する為の礎になるのだ

見事な21歳の早すぎる死を惜しみつつ

生きておられたら 今年83歳

彼はしかし可愛い妹の結婚相手を決めて逝きました