「綺麗な生徒さんばかりで 周囲を固めているようですもの」
「・・・・・」
「せっかくきれいなんだから まだ若いうちに男の方てもお付き合いなさいな」
高笑いと共に鶴子は 一郎を従え出て行った
「先生?」 千花が振り向くと 心配そうに田宮かずひが見ている
「ごめんなさい 何か嫌なこと言われなかった? 姉はサボテンみたいな人だから まったく何考えているのだか」
それから気を取り直したように微笑みかける「あと少しね 終わったら 打ち上げ考えてるから 楽しみにしていて」
田宮かずひが次に白藤一郎を見たのは 稽古事の帰り道 バス停でバスを待っていた時だった
―あれは 先生のお姉さんの連れの男性(ひと)―
暗い目をした人だったなと思い出す
鶴子という人は 綺麗だけど圧倒されそうな迫力があった
それは一瞬 目が合ったと思った
向こうも気がついた 確かに・・・
それからいっぺんに 起きた
かずひは気がつかなかったが 一郎からは見えたのだ
看板が上から落ちてくる
―間に合うか?―一郎は思うより先に駆け出していた
ぐわっと凄い力で突き飛ばされて 目の前が真っ白になったかずひが気がつくと 大騒ぎになっていた
「大丈夫か 折れてないか」 心配そうに覗き込む顔がある 随分と優しい目だった
落ちて来た看板の下敷きになる所を助けられたのだと 周囲の人の話から知った
救急車が来て念の為に病院へ運ばれた
村井千花先生には 男が連絡し 先生が家へ電話を入れてくれたのだと 後になってかずひは知った
まだ名前も知らない男は「怪我をしてなくて良かったよ」笑顔を遺して消えた
病院の玄関で一緒になったのだと 千花とかずひの両親は一緒に病室へ入ってきた
「ああ白藤一郎は わたしの高校の時の同級生なのよ」
千花の言葉で {白藤一郎} やっとかずひは その名を知った
落ちる看板 自分を救ってくれた男 去り際の笑顔
それは かずひの随分と大切な想い出になる
鶴子と一郎の関係を薄々気付きながら―
それはまだ出会い その時は 恋ではなかった
学年が進み かずひの担任を外れても 文芸部の顧問ということで 千花との交流が絶えることはなかった
かずひが卒業してからも 手紙や電話のやりとりが続き
その頃には千花にとって かずひは 初めての教え子であると同時に 妹のような存在になっていた
結婚が決まった時 招待状より前に 千花はかずひに電話した「来てくれる?」