初鳥吾郎は歯がみしていた
聡明女学院に寄付されたのが 捜していた埋蔵金
断言はできないが 彼の代々の先祖が捜してきたもののはず
恐らく 恐らく掘り当てた者がいるのだ
しかも黙っている
悔しさで頭がおかしくなりそうだった
自分は何を見落としていたのだろうか
誰が隠した どうやって隠した
あの姫の嫁入り道具は陸路と船で運ばれたのと
誰が運んだ 誰が隠した
歴史のいかなる資料をひもといても雪景新九郎の名前はない
その墓石さえ姫御前しか知らないのだ
唯一 姫御前が教えても良いと思うなつきが知る気がない以上 埋蔵金 徳川の隠し金の在処を知る人間は出ないだろう
煮詰まって吾郎は叫んだ「復讐だ!」
それは駅前から続く散歩道
当然人通りも多い
犬を連れて散歩している老人
コンビニの袋提げたひょろりとした青年
連立って歩く中年の女性達
休日の午後 大抵の人が冷たい呆れた視線を向ける中 天使がいた
よく似た少女と一緒だ
目が合うと 彼女は言った「復習ですか 幾つになってもお勉強は大切です 頑張って下さいね」微笑みながら 独特のおっとりした物言い
安倍すずかだ すずかは知らず吾郎は知っている
いい年した大人が十五の女学生に片思いしている
ゆえに「あ 頑張ります」緊張して答えている
そうだ姫御前神社を後継するだろう彼女の為にも埋蔵金を見つけるのだ
初鳥吾郎は新しい使命感に燃えた
見つけた埋蔵金で安倍すずかと幸せになるのだ
いや夢を見るのは勝手だが
雪景新九郎には迷惑なのだった
雅 京四郎が刑事という大変な仕事をしているのは 新九郎にも理解できていて 体を使うにしても邪魔にならないように負担にならないように考えている
新九郎はこの時代劇オタクの若者が気に入ってきたのだった
で 初鳥吾郎と雅京四郎―普通なら出会うはずない事件が起きる
この埋蔵金騒ぎ以外は平和きわまりない地方都市にも それなりの文化人が住んでいた
「悪魔が来たりてズッコケる」金第一乞好(かねだいいち こうすき)探偵シリーズ というより あからさまな横溝正史大先生の作品の笑えるパロディモノによってのみ ごく一部に細々と物好きなファンが棲息するのである
インタビューの仕事は近い場所に住んでいる―というだけの理由で初鳥に任された
ペンネームを縦穴脇道と言う 横溝大先生の趣味の一つが編物と知ると 草鞋編を趣味にした
何処か外してはいるものの子供の頃に映画 ドラマ 小説で 横溝作品に触れて以来 横溝大先生のような作品を書くことが夢であったが 悲しいかな
自分には そんな力がないと自覚するや 横溝大先生の作品のパロディを書き続けて一生を終えようと決意した
おバカミステリでは いつも名を挙げられる珍作を書いている
因みに「悪魔が来たりてズッコケる」では フルートならぬ リコーダーが出てくる
どうしてもドとファがうまく吹けない人間が犯人だった
迷曲「悪魔が来たりてズッコケる」の楽譜にはドとファの音が無い為に間抜けな曲となっている
金第一は 犯人がふざけて吹いた屋台ラーメンのチャルメラの真似から気付くのだ
そしてラーメンが食べたくなり丼抱えて走り出す・・・と言う
事件解決には何の役にも立っていない
しかも この「悪魔が来たりてズッコケる」は比較的マシな方なのである
この縦穴脇道氏に脅迫状が届いたそうだ
広告の裏側が白い紙に新聞紙などの文字を切り抜き貼られている
「コレ以上 横溝作品を おちょくる本出すと殺すゾ」
警察には出した人間の気持ちに共感覚える者も多かった
犯人は恐らく横溝正史のファンであろう
殺すが本気かどうかはまだ判らないが用心はしよう
津田と雅が組んで捜査するように任されたのだった
新九郎は 京四郎を助けてやりたいと思い 姫御前に相談した
眠っている京四郎の体を借りて 藤衣なつきの携帯に電話して 姫御前に体を渡して貰う
気のいい娘は 笑って姫御前に変わった
「目の代わりに 鳩と烏なら使えるが それに猫と犬 それで間に合うかえ」
「有難きしあわせ」
「面白そうな話じゃの」ころころと姫御前は笑った
電話を終わった姫御前は なつきに 縦穴脇道の事を尋ねる
パソコン開いて検索したなつきは その結果を見せた
「要するに変な奴なのじゃな しかしこれは愉快な機械じゃ」
そうパソコンの事を言った
なつきは いい機会だからと パソコンの使い方を姫御前に教えた
「退屈せずに すむぞえ」
なつきの頭の中で 姫御前は嬉しげに礼を言う
かくなる次第で―縦穴脇道の家で 津田と雅と初鳥は 鉢合わせすることになる