本家の決め事に逆らってはならない
そうした中で育ち 本家へ嫁ぐように言われ 男の子を産んだ
本家の嫁でありながら 下女と変わらぬ扱いで 母屋とは随分離れた別棟があてがわれ 夫の気が向いた時に呼ばれるー
男の子を跡継ぎを産み 必要ではなくなった
海近くの別荘で暮らすように言われた
乱倫の夫は屋敷うちに妻がいては邪魔だった
跡継ぎを作ったことで役目を果たした夫は
好き放題の生活を選んだ
寂しくはなかった
声が聞こえたから
小さな頃から聞こえてくる声
声は色々なことを教えてくれる
結婚が決まった時も
「ろくな男じゃないから 逃げてしまえばいいのに」
からっと言った
こちらのつらい思いも飲み込んでくれていて
「あんな家 ろくなもんじゃない
本家にある力を勘違いしている
バカばっかし
きぬの子供だから 何とか守りたいけど 父親が アレだから 他の親戚もひどいもの」
声は本家の様子
きぬの子供のことも教えてくれる
その声に怒りが含まれたのは
声の持ち主である巫女が 自分の後継者として産まれた子供を指名したのに
本家の人間が それは守ってきた このきぬが産んだ子供が 自分の年の離れた妹を 巫女にしたからだ
さよ
何も取り柄なく 巫女としての力もなく
「あの愚鈍な馬鹿が巫女になっては 狂う
巫女の聖域も闇に侵される
本家は 一族は滅ぶ」
声には絶望の響きがあった
「巫女の存在価値は消えた」
生まれてすぐ家族から離され ただ巫女としての修業を積み
ただ一人の姉妹とも 声で話すしか出来なかった
ーきぬ きぬ 間もなく私は死にます
私は巫女の後継者に指名した娘を守りたい
真の巫女を
私には体も無くなる
力を貸して
その心の中に私を受け止めて
育てて あの可哀想な 本来の場所を奪われた子供をー
それから間もなく ぷっつりと声が聞こえることは無くなった
この時ばかりは母親として
幽閉される運命の子供を引き取り育てることを 本家の投手となった息子に言い切った
息子は反対しなかった
ただ最初は その子供が怖かった
力を持つらしい人間
育てて もし存在してはいけないモノとなったら
巫女となった姉妹の持つ力は 人間離れしていた
それ故の巫女ではあるのだけれど
名前もなく戸籍もなく死んだ姉妹
この子供も同じ道を歩むのか 進むしかないのか
本家の一族のキマリゆえ
それで誰かが幸せになったのか
死んだ姉妹の怒りは伝染し共鳴する
赤ん坊は毎日 顔を変えた
泣いたり笑ったり 何か言おうとしたり
寝返りをうった
はいはいをした
立った
一歩 歩いた
何より人恋しげなその目
子供が声を発するより先に その言葉は 胸に届いていた
その子供は 自分の姉妹の姿を見ていた
見ることが出来るのだった
間違いなく強い力を持っている
美しい子供だった
一つ教えれば それをどんどん応用していく
聡い子供だった
巫女のさよは 本家の言うがまま 操られているだけ
確かに本当の巫女は名前無き この子供
この子供を善にするも悪にするも 育て方次第
では本家の嫁となり 本家当主の母親であるこの身が 全力を尽くし愛情注いで育てよう
この子供が悪となるなら 一緒に死のう
普通の女の子を育てるように 教えられることは全て教えよう
孫だと思おう
娘は この上なく美しく育った
その姉妹のマツエが 遠方から見物に来るほど美人の評判高かったように
当時中年だった離婚歴ある政治家が厚かましくもマツエを嫁にと望んだ
ある利権と引き換えに 本家はその縁談を受けた
逆らったのは当主の息子の真太郎
マツエを攫って逃げたのだ
出来るなら育てた娘をマツエに会わせる為に 出ていきたかったけれど
身体がいうことをきかなかった
寿命が尽きかけていたのだ
最期の気掛かりは 育てた娘のこと
「人に名前が無いなんて惨すぎます
この名前をあげましょう
良ければ これからは『きぬ』として生きてー」
あなたを愛していましたよ
幸せを願っています
自由に生きて いいんですよ
縛られることなく