雑草が丈高く伸びている
墓参りに来る人は余りいないのだろうか
静かだった
蝉とか虫とか 鳴き声がしない
まるで全て死に絶えたかのように
墓石の名前を読んでいく
久保村 久保元 似たような名前が多い
久保山はーと捜すうち 墓の中に泉を見つけた
青い色に惹かれる
急に虫の声が聞こえてきた
ああ 虫はやはりいるのだわ
水ー 水が手招いている気がする
足が勝手に水に近づいていく
水ー あと少しで手に入る
手を浸けるだけでいい
水ー 水 水
めまいが止まらない
急に体が重い
どうしたんだろう
いったい
景色が揺れる
水 水さえ ああ水 水
「その水は駄目だ」
声がした
気が遠くなる
虫の声は消えていた
気が付くと男の膝の上だった
濡らしたハンカチが額にあてられている
「ああ 良かった 気がついたね 君 久保山紀梨子さんでしょう 僕は竹丘真と言います
君のお母さんの沙月さんから 娘がそちらの墓地へ行くって頼まれたんです
会えて良かった」
竹丘さんは額にかかる前髪も爽やかな ひどく整った顔をしていて こんなに暑いのに涼しげな姿していて
こういう時なのに 私はどきどきした
しかも初対面の人の膝の上
「ああ 急に起きないで ペットボトルの水があるから ゆっくり飲んでご覧」
多分 私とそう年は変わらない気がするのに 竹丘さんは随分落ち着いていた
「僕は本家の血筋になるんだ 祖父の真太郎が巴弥都(はやと)の最後の一人だった
少し前に亡くなって まぁ遅ればせの墓参りに丁度来てたんだ
本家の電話番号が変わってなくて良かった
沙月さん 探し回って電話番号を見つけたって
よっぽど君の事が心配だったようだよ
僕なんかに 電話口で拝まんばかりだったからね
僕も張り切ってしまった」
わざとおどけた表情 口調で 笑いを誘ってくる
ゆっくり起き上がり 座り直して水を飲んだ
「お兄さんが行方不明なんだってね 」
立ち上がり 周囲を見渡しながら 竹丘さんが尋ねてくる
私はバッグから 兄の写真を出した
「久保山一典 26才になります 」
竹丘さんはじっくり写真を見てから返してくれた「優しそうなお兄さんだね」
「落ち着いたら 一緒に捜そうか 久保山家の墓と 何かお兄さんが落としているかもしれない」
私 泣いてしまった
ー一緒に捜そうー警察でさえ事件性が無いと動いてくれなかったのに
出会ったばかりの人が 一緒に捜そうって
今まで心細かったんだって分かった
「ほら泣かないの 女の子の涙って 泣いてる姿って男心への最大の攻撃なんだから
あ 胸が痛いぜ」
竹丘さんは おどける
「確か あの墓の所の水は駄目だと さっき言われませんでした」
「僕もこちらで育ってないから詳しいことは知らない
祖父の家にあったものによれば 墓にある泉は禁忌の水と呼ばれているらしい
もしくは亡者の水ーと
生きた人間が触れてはいけないモノのようだよ」
もしや兄は飲んでしまったのだろうか
何かに誘われて
さっき私を襲っためまい
水に焦がれる気持ち
もし竹丘さんが止めてくれなかったら
悪寒がした
「あれじゃないかな」 久保山家之墓 墓誌に埋葬された人間の名前が刻まれている
平成四年六月ー 一紀 典子
間違いなかった
両親の名前だ
草むしりと掃除をしていると 兄の携帯が落ちていた
兄は ここへ来たのだ
そして何があったのだろう