夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「鼠喰らいの家 終焉」

2015-07-22 20:58:17 | 自作の小説
育った家は普通だと思っていた

そんなに大きな問題にならないだろう

いつか慣れるはずだと
深刻に考えたくなかったのかもしれない

迂闊といえば 確かに迂闊な話だった


嫁を取る話が出て

気になる娘がいたのだ




父から譲り受けた部屋で見つけた亡き母の写真

大振袖姿で困ったような笑顔のーその写真の裏に 父の字で「与えられた娘」とあった
別にある婚礼の時の写真が無ければ それが母の写真とは気付かなかっただろう

かしこまった表情の父の横で緊張した母


母はわたしを産んで 間もなく死んだ
わたしの物心がつく前に
生きた母の姿を見たことは無い

父に尋ねると「あれは 弱って死んだ」
とだけ言った


その母によく似た少女を見つけた時は嬉しかった


足腰の鍛錬と言っての遠歩き


それで見つけた優しい少女
汗を拭いてると「喉が渇いているの」
そう言って 摘んでいた木苺をくれた

家では見ることのできない自然な笑顔

その少女が女学校を卒業し戻ってきていることを知っていた


その娘が嫁にほしいと言うと 祖母はひどく嫌な顔をした
母親代わりの父の従姉は言う
「良いじゃありませんか 新しい血を入れないと濁りますでしょ」



話をとりもつ人間とその娘の両親とその娘は家に来た

しかし 娘の調子が悪くなったとかで 会う前に帰ってしまい 病気になって とてもこのようなお屋敷の嫁にはなれないー
そう断りの返事が来た



少しして祖母のしたことを知った
祖母は他に嫁にしたい娘が 親戚筋にいて
壊したのだ

試験だーと父の従姉には言ったようだが


「目の前で 鼠を食べてあげたのよ 震えあがってね 根性の無い娘だこと」
そう 祖母は笑っていた


そうか
 そうか

ならば 要らぬ

鼠を食らう家の方が 異常なのだ
それを家風とする方がー



わたしは鼠を食らうまいとした
だがー

食べないでいると飢えたようになる

こんな体になってしまっているのだ


この家で育つ間に


普通の人間では無い 化け物だ


野鼠を食う猫や鼬や狸や狐

あのモノらと変わらぬのだ

あさましい

おぞましい



外の家から来た母も だから生きられなかったに違いない

この家ではー


化け物の家

絶えた方がいい


嫁は だから 要らぬ

子など作らぬ



祖母へのあてつけの思いもあった

失恋の苦しさもあった



やがて あの娘の母親が亡くなり 葬儀に来ていると聞いた


見にいかずにはいられなかった
会えないかと



墓地に出かけて あの娘そっくりの -娘を見た

あの娘の娘なのだと聞いた


ああ あの娘は幸せになったのだ



諦めと ほっとした思いと なんともいえぬ寂寥とー



その少しあとに 祖母が死んだ

譫言を言いながら

脅えたような苦鳴と

ひどく恐ろしいモノを視(み)たような死に顔だった




一族の者は少しずつ減っていき

父の従姉も病気になった
祖母と同じように 譫言を繰り返す
その言葉の中には わたしの母への詫びもあった

ー好きだったというなら 食べればよかったのよ 鼠くらい  弱いから負けたのではないの
お門違いだわ
ああ ああ 許して 赦してちょうだいー

父の従姉は 父が好きだった
祖母に言われて 父に女性を教えた

嫁いできた母が妊娠し 父と居室を別にさせて 


父には 母は子供を産むモノに過ぎず
母は孤独と絶望のうちに死んだのだ
座敷牢に閉じ込められて


そんな目にあったのは 母だけではなかった

一族のうちに 合う年頃の美しい娘がいなければ もしくは新しい血を入れるために 時々外から嫁を迎えた

大概の娘は 鼠を食らうことに耐え切れなかった

子供を産んだ娘は死んでいく
座敷牢の中で


新しい血と跡継ぎと 美しさ

なんという人でなしの一族



父の従姉が苦しんで死ぬと 父は言った
「お前が終わらせるのか」

この家をー



そういうことになる


従姉の葬儀の後で 父は首を吊って死んだ



その夜 風が強く吹き始め 間もなく落雷があった

屋敷を取り囲むように火が拡がった

業火というのか


燃える炎はとても綺麗な色をしていた

葬儀で屋敷に居た一族の者たちはー迫る炎に怯えて逃げ惑う


木の葉のような形のモノが一族に飛びかかっていた

その木の葉のようなモノにはしっぽがある


燃える鼠

火に追われたものか それが屋敷に逃げ込んできたか


いや

鼠は炎と共に復讐にやってきたのだ



さあ 来い
鼠よ

受け入れよう
その火を

わたしも焼き尽くせ



だがー 鼠は来ない



息は苦しいが 

ーああ 煙にやられたか


足に力が入らなくなり へたりこむ


薄ぼんやりと誰かがいるのが 見えた


通せんぼをするように 両手を広げて鼠を防いでいる
鼠は近寄れない


それは ああ 母だ
若くして死んだ母

わたしよりも若い


母はわたしに笑いかけた


母がわたしの手を取る


ー一緒に行こうー


はい おかあさん



「夢は覚める・・・」

2015-07-22 19:27:45 | 自作の小説
夢のようだった・・・・・


山之森のお嫁様になれるなんて

山之森の若様は それは美しい顔をしていて背も高くて


婚礼が終わって 夜 布団にその人の腕が伸びてきた時も ずっと目を瞑って震えていた


子供が産まれるまで 幸せでいられた


「跡継ぎを産むのが一番の仕事です ほかのことは それから覚えたらいいのです」

夫の従姉という女性が そう言って「わからないことは聞いてください」


離れで産気づき そのまま出産


「これは この家の仕来りなのです」
一週間後 乳母に子供を渡すように言われた

「親戚筋の乳母が この家の家風を 後継ぎが赤ん坊のうちから教えていくのです」

それから「ゆっくり お体 おいといなさい」
親切だった従姉は離れていった



夜ー



ふふふ・・・・ふふふ・・・・・

女の密やかな笑い声が聞こえる
妙に淫らな響きの


ある夜 その声を確かめたくなった

その声は あろうことか 夫との部屋として与えられた座敷から聞こえてきていた



ー若く美しい奥様が恋しくはならないの?ー
ー  -

ーいけない人ね 離れで寂しくしていてよ -


それは優しくしてくれた従姉の声

ーこれで新しい血も入ったことだし ねえー


それ以上 聞いていられなかった 部屋に逃げ帰ろうとして こわばる足がつっかかり 音を立ててしまった

「誰っ」
恐い声が聞こえた

そこには白い猫
障子が開いて 夫の従姉は猫が咥えているものを見つけた

「あら スズや 良いコだこと 持ってきてくれたのかえ 賢いコだね お前は」

従姉は猫の口から それをつまみあげた

「-さん いらない 美味しそうよ」

「-」

「あら いいの こんなに美味しそうなのに」

従姉は生きたままの鼠を口の中に放り込んだ


部屋に戻り 布団にくるまり ガタガタ震えていた


「-さん いらない」
と従姉は言った

ということは 夫も食べるのだ 鼠を
まるで おやつのように

この体に その鼠を食べる口が触れたのだ
鼠を掴む指がー


あああっ


その悍ましさ


美しい夫の顔が 従姉の冷たく整った顔が 鼠のよにすら感じられる

自分の産んだ子供すら化け物のように




翌朝 従姉が離れに来た
「お加減が悪いのですって」


そしてガタガタ震える様子を見て 優しい笑顔で言った
「昨晩 見ましたね 」


それは 鼠を狙う猫のような目だった


「そろそろ家風に慣れても良い頃です  特別なおやつを差し上げましょうね」


従姉は籠に入った二匹の鼠を置いて行った



次の日には また二匹

「この家の嫁になるなら 食べないと 飢饉の折りには 何を食べても生き延びる その心構えが必要なのです」


毎日毎日 従姉は鼠の入った籠を置いていく

それ以外の食べ物も飲み水ももらえなかった


籠の中の鼠は干からびて死んだ

従姉は怒る
「食べ物を無駄にするなんて」



いくらお腹が空いても どうしてもー鼠を食べることはできなかった


座敷が汚れたから掃除をするーと座敷牢に移された


牢の中には 何も無い





格子のはめられた丸い窓一つあるばかり


だけど鼠が届けられなくなって ほっとした



もう幾らも生きられないことは分かっていたし

それは むしろ嬉しいくらいだった


子供の声が聞こえてくる
楽しそうだ


「ほらほら おやつですよ」
従姉の声

見なくてはーそんな思いにせかされるように 柱に縋って窓の外を見た

振り返る幼い子供


その口に 嬉しげに 鼠を咥えていた


ーああ あのコも化け物になってしまう
おかしなものにされてしまう


これ以上見たくなくて 体を支えた柱と一緒に命も手放した

きっと ずっと 悪い夢を見続けているのだ


ただ それだけなのだ

そう 思いながらー







「昔の話」

2015-07-22 13:16:38 | 自作の小説
「・・・逃げて帰ったんよ・・・」と 祖母が笑った

山火事で ある場所が燃えたーとそんなニュースが話題になった時だ

「そう言えば お母さん 昔 縁談があったんですよね」と母が言って


「この娘(こ)は よくそんな古い話を覚えていたこと」と祖母が受けた


「だってお母さん 子供心にもとても怖い話でしたもの」

それは蒸し暑い夏の昼下がり

祖父は兄と弟を連れて釣りに出ていて

母がかき氷を作って 私たちは台所と続いた食堂にいた
祖母は椅子の方が動くのにラクで
私は課題図書を読んで

母は昼食のあと 夕飯の素麺のダシや具をこさえていた

まとめて作っておいたら楽だからと

その続きで かき氷を作ってくれたのだ


父のいない昼間は エアコンかけて食堂で過ごすことが 特に夏は多かった

庭に面した窓の前には揺り椅子があり 食堂の椅子に座っているのに疲れると 祖母はそちらへ移る


続きを促すような私の表情に 祖母は少し苦笑い



「山の上の村にね 大きな屋敷があって そこの若様は近くの村の若い娘たちが 今ならきゃあきゃあ言うような存在だったー」

そんなふうに 祖母は話し始めてくれた


女学校を卒業して村の行事に時々参加するようになった祖母を嫁にほしいーと その若様が言っているー
それで祖母と祖母の両親が山の上の大きな屋敷に招かれた



「あんまり大きなお屋敷で 迷子になってしまってーそしたら廊下の端から おばあさんが こう手をまげて おいでおいでと呼ぶものだからー」

だから だから そちらへ行ってしまったのだ


織の紬の着物を着た老女は 「お腹空いておりますね」とほほ笑んだのだ

ほほ笑んで 何かを祖母の掌に乗せようとした


その小さなものは生きた鼠だった・・・


一歩二歩 後ずさりする祖母に そのおばあさんは言った
「この家の者には これがおやつ このように美味しいものを食べられないような贅沢者では この家の嫁はつとまりませんよ」
そして 鼠を口へするりと入れた
二度三度 噛んだだけで飲み込む

口の端から 鼠の血が零れた




祖母はどうにか 方向転換し そのおばあさんの前から逃れて 両親と連れて行ってくれた人を見つけて
気分が悪いから連れて帰ってほしいと懇願し

「なんとか断ってほしいと 泣いて頼んだわ」


祖母は熱を出したそうだ
その熱は十日近くもひかず 「病弱だから 嫁には出せない」
あのような大きなお屋敷は嫁としてとりしきれる体でも気性でもない

それを理由に断わってもらったそうだ



それから区画整理に暮らす家がかかったりしたこともあって 祖母と家族は町へ出た


その町で祖母は祖父と出会い結婚し 祖父の幾度かの転勤で しだいに故郷は遠のいた




「かき氷が食べられなくなってしまうわね だけど この話には続きがるのよ」と 今度は母


私にとっては ひいおばあちゃんになる人が亡くなり その葬儀で祖母は母を連れて実家へ戻った

母は若い時分の祖母によく似ているそうだ

特に娘時代は生き写しだったとか



墓掃除に墓地へ行った母は見知らぬ男性から声をかけられる

「-さん」

それは祖母の名前だった

「-は 母の名前ですが?」

怪訝げな母に 相手の男は棒立ちになり
「ああ すみません あんまりよく似ておられたものだから お嬢さんでしたか」


と 何処からか走ってきた鼠が 男を恐れるように方向を変えて逃げるように去った


「鼠は とても苦手なんです」と母 「こんなところは母親に似たようです」と続けた



男はとても残念そうに「そうですか」

「おかあさまによろしく」と言って立ち去ろうとする

誰なのか尋ねた母に 男は言った「昔 ふられた男です」



それで母は 後になって祖母に尋ね どうやら縁談の相手だったらしいことを知る

「なかなかにね いい男だったわよ 昔の言葉で白皙の美青年ーかな」



鼠を食べる家
それを祖母は誰にも確認しようとしなかった
それほど 恐ろしかったのだ


もしかしたら そのおばあさんはぼけていたのかもしれないけれど

若い祖母は 怖かったと言う


そのお屋敷のある村一帯が山火事になった

「もう一度行きたいような 絶対に行ってはいけないーそう思うような場所」
と祖母は話をしめくくる



私は古いアルバム取り出して 若い時代の祖母の写真を眺める

昔の言葉で言うならー臈たけた美女

切れ長の瞳は黒目勝ちで



その若様とやらが 嫁にほしいと思ったのも頷ける

でも その若様が もしもどんなにいい男でも 生きた鼠は食べられない


せっかくのかき氷は全部溶けてしまった
残念


京極夏彦著「鬼談」 角川書店

2015-07-22 00:56:29 | 本と雑誌
鬼談 (角川書店単行本)
京極 夏彦
KADOKAWA / 角川書店



「幽談」「冥談」「眩談」に続く「-談」シリーズ第四弾になるそうな


「鬼交」
「鬼想」
「鬼縁」
「鬼情」
「鬼慕」
「鬼景」
「鬼棲」
「鬼気」
「鬼神」


いささかエロスも含むもの しかしそれは妄想とも受け取れる

また奇奇怪怪な問答が続くもの

雨月物語からの再構築された話

異界の生き物ようなー

顔を半分隠して追ってくる女


考えてはいけないモノ


強いがゆえに腕を切られる子供



不幸な事件から狂った父親


口を開けている 何か恐ろしいもの


気が付かなければ 恐ろしくはない

気にして考え出すと どんどんどんどん恐ろしくなる



ならば忘れていけばいい

ならばそれは無いものなのだ



それでも考えるだろう


鬼とは 鬼などとは



京極夏彦ならではの理屈のこねまわし
いや理屈で遊ぶというか


どんと!構えて読めば さほど恐ろしくはありませぬ

書かれたものは 書けるものはー
恐ろしくはないのです