時間を少し前に戻せば
弱っていたとはいえ父親の亀三の急な危篤からの死に仙石屋の新吉は不審を覚え 亀三の薬を医者に見せた
医者は自分が処方した薬とは違うと言った
医者には口止めしておいて もっと早くに気付かなかった事を悔やみつつ 新吉はそれを夕霧に伝えた
お蘭の死とおみつの怪我とを思い合わせ 新吉は家におみつを置いていては守りきれぬと悟った
兄の太助 お蘭 命が助かったとはいえおみつ
大事なおみつ
そして生まれるはずだった子供の命
打つ手が遅れたことが悔やんでも悔やみきれない
それでも まだおみつは生きている
生きてくれている
大怪我をして弱って自分でも身動きがままならない状態のおみつ
ーこのまま 傍にはおいておけない
覚悟を決めた新吉はおみつの父親 香野屋の主人の佐市に会いに行った
おみつの怪我と流産を詫びて畳に額をこすりつけ
兄の太助とお蘭の死に怪しい点があること
亀三も毒を盛られて死んだことを伝えた
おそらく同じ人間が家に居て 今度はおみつを狙ったこと
「あたしじゃ力が足りません
悔しいが情けないが守り切れない
おみつをこちらに引き取ってもらえないでしょうか」
意地悪く佐市が言う
「もしも おみつが戻りたくないと言ったらー」
「あたしには おみつの命があることが大事です」
「他の男の嫁になってもかまわないと」
佐市が重ねて言うのにも ほろ苦く新吉は笑う
「それでおみつが幸せなら あたしにとってはおみつが元気に笑ってる
それが何より大切なんで」
おみつを連れ帰る時 下手人を油断させる為に 佐市も一芝居打った
実は偽りのことながらー離縁とみせかけたのだ
それでも不甲斐ない男と新吉の事を怒っていた佐市だがー
ーいっそこのまま縁切りでおみつは他の男に嫁にやろう
今度は気心の知れたややこしくない相手がいいよー
新吉恋しさに日々弱る娘を見ているとー
「くれぐれも おみつを頼みます」頭を下げた新吉の表情が浮かぶ
おみつは怪しい文(ふみ)に誘い出されて蔵の二階へ行き流産した我が身を責めていた
ー怒っているに違いないわ なんて馬鹿な女だろうと
だから迎えにも来てくれないー
事情も知らされず憔悴する娘の姿に我慢しきれずお駒は佐市に言った
「もう辛抱できません 隠し続けてなどおれません
どんな気持ちで新吉さんが おみつを実家へ戻したか 預けたか
あたしは言ってしまいますからね」
お駒に背中を押されるように佐市は自ら仙石屋へ走った
丁度おゆきが番屋に連れていかれたのと入れ違い
店の外に立つ新吉の姿を認め 佐市は地面に手をついて頭を下げた
「一目娘に会ってやってくれ」
新吉は寅七に佐市用の駕籠の手配を頼むと そのまま香野屋の寮へと駆けだした
おみつのもとへと!
途中で草履の鼻緒が切れて足袋はだしで走る
ーおみつ!-
ああ 俺はお前にとっては何てひどい亭主だろう
俺が冷たく扱っていたばかりに店の者からさえもいじめられることもあり
頼りない情けないこんな男の あったかさが嬉しいと言ってくれた健気なお前に
辛い思いをさせてばかりだ
お駒が新吉と佐市で決めた話をおみつに語り終えた時 庭から新吉が入ってきた
幾度こけたのか 着物も破れている
はあっはあっと息が烈しい
おみつの顔を見て お駒はお春を促し座敷を出て行った
そうっとお春に言う
「合いそうな履物を買ってきておあげ 木戸番のところなら遅くても開いているからね
危ないから竹次を連れて行くといい
あの格好 知らない人が見たら逃げて来た盗っ人かと思うよね」
必死な新吉の顔を見れば話を聞かずとも お駒には充分だった
死ぬほど娘が想う相手が来てくれたのだ
これでもう大丈夫
おみつは元気になるに決まっている
ー若いんだもの 子供だってまた持てるさー
新吉を見て信じられないような表情になったおみつはふらふらと立ち上がろうとする
泥だらけの足袋のまま新吉は部屋に駆け上がりくずおれるおみつの体を抱きとめる
「おみつ!」
「ああ・・・旦那様・・・」
「あたしの 俺の女房はお前一人だ
女房としてその肌に触れた女はお前ただ一人だ」
「嬉しい・・・」
「すまなかった 辛かったろう」
弱っていたとはいえ父親の亀三の急な危篤からの死に仙石屋の新吉は不審を覚え 亀三の薬を医者に見せた
医者は自分が処方した薬とは違うと言った
医者には口止めしておいて もっと早くに気付かなかった事を悔やみつつ 新吉はそれを夕霧に伝えた
お蘭の死とおみつの怪我とを思い合わせ 新吉は家におみつを置いていては守りきれぬと悟った
兄の太助 お蘭 命が助かったとはいえおみつ
大事なおみつ
そして生まれるはずだった子供の命
打つ手が遅れたことが悔やんでも悔やみきれない
それでも まだおみつは生きている
生きてくれている
大怪我をして弱って自分でも身動きがままならない状態のおみつ
ーこのまま 傍にはおいておけない
覚悟を決めた新吉はおみつの父親 香野屋の主人の佐市に会いに行った
おみつの怪我と流産を詫びて畳に額をこすりつけ
兄の太助とお蘭の死に怪しい点があること
亀三も毒を盛られて死んだことを伝えた
おそらく同じ人間が家に居て 今度はおみつを狙ったこと
「あたしじゃ力が足りません
悔しいが情けないが守り切れない
おみつをこちらに引き取ってもらえないでしょうか」
意地悪く佐市が言う
「もしも おみつが戻りたくないと言ったらー」
「あたしには おみつの命があることが大事です」
「他の男の嫁になってもかまわないと」
佐市が重ねて言うのにも ほろ苦く新吉は笑う
「それでおみつが幸せなら あたしにとってはおみつが元気に笑ってる
それが何より大切なんで」
おみつを連れ帰る時 下手人を油断させる為に 佐市も一芝居打った
実は偽りのことながらー離縁とみせかけたのだ
それでも不甲斐ない男と新吉の事を怒っていた佐市だがー
ーいっそこのまま縁切りでおみつは他の男に嫁にやろう
今度は気心の知れたややこしくない相手がいいよー
新吉恋しさに日々弱る娘を見ているとー
「くれぐれも おみつを頼みます」頭を下げた新吉の表情が浮かぶ
おみつは怪しい文(ふみ)に誘い出されて蔵の二階へ行き流産した我が身を責めていた
ー怒っているに違いないわ なんて馬鹿な女だろうと
だから迎えにも来てくれないー
事情も知らされず憔悴する娘の姿に我慢しきれずお駒は佐市に言った
「もう辛抱できません 隠し続けてなどおれません
どんな気持ちで新吉さんが おみつを実家へ戻したか 預けたか
あたしは言ってしまいますからね」
お駒に背中を押されるように佐市は自ら仙石屋へ走った
丁度おゆきが番屋に連れていかれたのと入れ違い
店の外に立つ新吉の姿を認め 佐市は地面に手をついて頭を下げた
「一目娘に会ってやってくれ」
新吉は寅七に佐市用の駕籠の手配を頼むと そのまま香野屋の寮へと駆けだした
おみつのもとへと!
途中で草履の鼻緒が切れて足袋はだしで走る
ーおみつ!-
ああ 俺はお前にとっては何てひどい亭主だろう
俺が冷たく扱っていたばかりに店の者からさえもいじめられることもあり
頼りない情けないこんな男の あったかさが嬉しいと言ってくれた健気なお前に
辛い思いをさせてばかりだ
お駒が新吉と佐市で決めた話をおみつに語り終えた時 庭から新吉が入ってきた
幾度こけたのか 着物も破れている
はあっはあっと息が烈しい
おみつの顔を見て お駒はお春を促し座敷を出て行った
そうっとお春に言う
「合いそうな履物を買ってきておあげ 木戸番のところなら遅くても開いているからね
危ないから竹次を連れて行くといい
あの格好 知らない人が見たら逃げて来た盗っ人かと思うよね」
必死な新吉の顔を見れば話を聞かずとも お駒には充分だった
死ぬほど娘が想う相手が来てくれたのだ
これでもう大丈夫
おみつは元気になるに決まっている
ー若いんだもの 子供だってまた持てるさー
新吉を見て信じられないような表情になったおみつはふらふらと立ち上がろうとする
泥だらけの足袋のまま新吉は部屋に駆け上がりくずおれるおみつの体を抱きとめる
「おみつ!」
「ああ・・・旦那様・・・」
「あたしの 俺の女房はお前一人だ
女房としてその肌に触れた女はお前ただ一人だ」
「嬉しい・・・」
「すまなかった 辛かったろう」