神戸100年映画祭も終盤、新開地のアートビレッジで1947年のアメリカ映画「紳士協定」を観た。グレゴリー・ペック演じるライターがユダヤ人差別を告発するために自らユダヤ人のふりをすることによって引き起こされる周囲の変化が描かれる。そういうなかで戦わされる議論、議論、最近こんな真剣で真面目な映画は観た記憶がない。
日本人にとってユダヤ人差別というのはあまり実感がなく、アメリカ社会における差別がこれほど露骨なものであることが理解しづらい。外観ではわからないことによる差別というのはいっそう根が深いのかもしれない。
個別の人間に対する好き嫌いはあっても、差別の感情は持っていないつもりだが、この映画で語られているように差別を目にしたとき、たとえそれが自分の問題でなくても、言葉で抗議し行動しなければ差別主義者ではないことにはならないといわれると少々心もとない自分がいる。
真面目な主題からは離れて観ると、映画の作られた戦後間もない頃のアメリカの中流階級の日本とはかけ離れた豊かさ、30代前半のG・ペックの端正さも見所だった。