近代になるまで、自分の個別の部屋を持ちそこで一人で眠ったり、排泄は周囲から区切られた特定の場所でしたり、
食事の際には自分の皿があったりなど、周囲から区切られた自分というものを持つ事を支える(ギブソン流に言うと
アフォードする)様々な生活習慣自体がなかったので、それまでの人は周囲とは異なる自己というものを
持っていなかったのだろう。
社会の中で周囲とは異なる自己というものを持つ人が出てきた頃に、デカルトが「我思う故に我あり」と
言うことを書いたので、周囲に影響を与え、それが普通と見なされるようになったのだろう。
時代物の映画やドラマを観ると、昔の人でもそれぞれ独立した人格を持っているように描かれるので、
昔から人はそれぞれ独自の人格を持って行動していたような先入観をもっているが、
実際は人のあり方は現代とかなり違っていたのだろう。
日本の場合、ヨーロッパのような近代化の過程を経ていないので、周囲と違う個別の人格と
言うものが生じてきたのは、かなり後からなのだろう。