遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『千里眼 ファントム・クォーター』  松岡圭祐   角川文庫

2024-05-20 17:59:22 | 松岡圭祐
 千里眼・岬美由紀の新シリーズ。書き下ろし第2弾! とは言えど、平成19年(2007)1月刊行である。私がこのシリーズを知ったのは、シリーズが脱稿されたよりも遅かったと思うので、著者の近年の作品群とパラレルに、このシリーズを読み継いできている。

 この第2弾、新シリーズの第1作に敷かれていた伏線が浮上してくる。第1作の読後印象記の中で、次の点に触れている。
<< 美由紀がトレーニングを受けている時期に、全く離れたミラノでの場面がパラレルに挿入される。それは東大の理工学部を卒業してイタリアに渡った小峰忠志に関わる話である。彼は、遊園地用のアトラクションを製造する大手企業の子会社において、”存在するものを無いように見せる”技術として、フレキシブル・ペリスコープとなづける円筒を開発した。だが、その製造費用の巨額さでは採算に合わないと判断され、小峰を含む開発チームは解雇される。解雇された小峰に、マインドシーク・コーポレーション特殊事業課、特別顧問と称するジェニファー・レインが接触してくる。そして、2年後に南イタリアのアマルフィ海岸の崖からの自動車転落事故で小峰が事故死したことがさりげない挿話となる。これで小峰のことはストーリーからは潜行してしまう。新シリーズの次の展開への大きな伏線がここで敷かれた。>>
 <フレキシブル・ペリスコープとなづける円筒> これが、この第2作の核心になっている。

 このストーリー、実に巧みな構成になっている。映画の予告編風に、本作の小見出しに絡めて、コマ撮り風の紹介を加えてみよう。

[千里眼の女]
 冒頭、場所はシベリアの港町ナホトカ。ロシアン・マフィアのペルデンニコフに、情報屋家業のベテラン、アサエフが現代の日本で”千里眼の女”と称されるのが岬美由紀であるという情報を伝える。アサエフが得た報酬はペルデンニコフの拳銃から放たれた銃弾だった。

[ストップ安]
 美由紀は高遠由愛香(タカトオユメカ)と一緒にメルセデス・ベンツCLS550で、プレイガイドをめざす。その時、美由紀は証券会社の電光掲示板に目を止める。国内製造関連主要企業の株価が軒並み大暴落、日本以外の国では重工業を中心にあらゆる業種の株価が軒並み高騰という表示。市場が開いて間なしにストップ安がかけられていた。美由紀はその異常さに懸念を感じる。

[マトリョーシカ]
 在日ロシア大使館の館員二人がチェチェン難民の男の子が作ったという木彫りのマトリョーシカを手土産に、臨床心理士会のビルを訪れ、美由紀と面談する。チェチェン難民に対して現地に赴き、ボランティアで救助活動に加わって欲しいという依頼だった。美由紀は受諾する。明後日成田発という慌ただしいスケジュールを知らされる。

[ステルス・カバー]
 由愛香との待合場所にメルセデスで向かおうとした美由紀に、リムジンが接近してきた。運転手に後部座席へ誘われる。航空自衛隊の広門空将が居て、防衛政策局の佐々木洋輔を紹介される。車内で佐々木が美由紀に円筒形のフレキシブル・ペリスコープに関する資料を見せる。それをトマホークに被せれば、見えない巡航ミサイルが出現すると語る。対策チームに美由紀が参画するようにとの要請だった。対策チームは3日後から稼働すると言う。

 ここで第1作の伏線が恐怖の武器に関連付けられて、浮上してくる。だが、美由紀は臨床心理士として、ボランティア活動に出向くことを選択する。
 この第2作のおもしろいところは、最初から最後まで、底流として、セブン・エレメンツ来日公演のチケット獲得のための行動譚が織り込まれていくところにある。美由紀の日常生活の一面がこのストーリーでいわばオアシスになっている。
 美由紀のマンションに、萩庭夕子と名乗る研修予定の大学生が訪れる。だが、それは偽名でクライアントの水落香苗だった。彼女の挙動から美由紀は直ちに見抜いた。一泊させて、翌朝同僚に香苗を引き渡すことを美由紀は予定に組み入れた。翌朝9時過ぎ、メルセデスで同僚の所を経由し、香苗を託した後に羽田に向かうつもりだったが、美由紀はメルセデスでの移動中に想定外の事態に遭遇する。香苗は美由紀の状況に巻き込まれていくことに・・・・・。マトリョーシカが禍となる。

[ゲーム]~[ガス室]
 場面は一転する。美由紀が意識を取り戻す。美由紀は全く覚えのない場所に居た。そこはアンデルセンの童話の挿絵に似た景色なのだ。二世紀ほど前のデンマーク風の二階建ての屋敷と森が見える広場。美由紀は調べてみると何も身に所持していない。近くのベンチには、奇妙なプラスチックの物体を見つける。板チョコほどの大きさで、二つ折り、液晶画面が付いたロールプレイングゲーム機だった。そのゲーム機の液晶画面に出ている景色は、美由紀が今居る空間と同一だ!!!
 美由紀はゲーム機の液晶画面にシンクロナイズするゲームの世界に投げ込まれて居るのだ。なぜ、そんな事態になったのか?
 ゲーム機を手にしながら、美由紀はこの非現実的なゲームの世界のルールを体験学習により解析し、ルールを発見・理解しつつ、この世界でまずはサバイバルしなければならない。そんな窮地に美由紀は立たされた。

 このストーリー展開の飛躍が、まずおもしろいではないか!
 ロールプレイング・ゲームを日頃楽しむ世代には、実に楽しいストーリー展開として読めることだろう。それを楽しむことのない世代にとっても、この設定は異相空間の話として楽しめる。
 
 美由紀にとって、このゲームが進行するリアルな空間は、最終目的をつかめぬまま、今、ここで直面しサバイバルを迫られた喫緊の課題になっていく。ここが、ファントム・クォーター(幻想の地区)なのだ!

 美由紀とユベールがサバイバルした。セスナ172Nで、美由紀は島から脱出する。

[教官]
 美由紀が脱出して4日が過ぎた。美由紀は市谷にある防衛省A棟内のある会議室で、広門空将と佐々木と面談せざるを得ない状況に居る。ここから現実の世界が始まっていく。
 あのファントム・クォーターで美由紀が直面した世界と日本の現実の世界が繋がっていく。美由紀がファントム・クォーターで掴んだ恐るべき事実と、広間と佐々木が懸念する事態が直結する。
 さて、ここからこのストーリーは、第二の山場へと昇り詰めていくことになる。
 ひとこと触れておこう。課せられたことは見えざる武器を操る組織の行動を如何に阻止するかである。
 岬美由紀が活躍する場面が進展する。そのプロセスを本書でお楽しみいただきたい。

 2点付け加える。一つは遂に由愛香等は、代々木体育館でのセブン・エレメンツのステージを観客として体験できることになる。
 もう一つは、クライエントの水落香苗の抱えた悩みに美由紀が対応し、紆余曲折を経て、香苗は認知療法で快癒に向かう。そのミニ・ストーリーがきっちりと織り込まれていく。中途半端な登場のさせ方にしないところが実におさまりとしてよい。

 第二の山場においても、トリッキーな落とし所がちゃんと組み込まれている。著者はやはり実に巧みなストーリーテラーだと思う。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『千里眼 The Start』 角川文庫
『千里眼 背徳のシンデレラ 完全版』 上・下  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』 角川文庫
『千里眼 ブラッドタイプ 完全版』   角川文庫
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『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』  角川文庫
『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』    角川文庫
『千里眼 トオランス・オブ・ウォー完全版』上・下   角川文庫
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『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅶ レッド・ヘリング』  角川文庫

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