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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

永井愛の「パートタイマー・秋子」――揺れる正義感

2024年02月12日 | 観劇など

池袋西口の東京芸術劇場シアターウエスト二兎社の「パートタイマー・秋子」を観た。公式ウェブサイトのあらすじは下記のとおり。
「樋野秋子は成城でセレブな生活を送る専業主婦。だが、夫の会社が倒産したため、働くことを決意する。勤め先に選んだのは、自宅から遠く離れたスーパー「フレッシュかねだ」。パートタイマーとして働く姿を近所の人に見られたくなかったのだ。しかし、そこは秋子の想像を超えたディストピア的世界だった。賞味期限の改ざんやリパック、商品のちょろまかし、いじめなど、あらゆる不正が横行している。正義感が強く世間知らずで他のスタッフから浮いてしまう秋子は、大手企業をリストラされ、この店で屈辱に耐えながら働く貫井と心を通わせるようになるが……」

登場人物は、本社から送り込まれた新任店長、非正規労働の若い副店長、青果、総菜、鮮魚、精肉担当の各店員、チェッカー(レジ打ち)が秋子を含め4人、品出し担当の貫井、さらに万引きで捕まった客が1人、合計12人だが、それぞれ人に個性と歴史がある。なお店長以外の転院はすべて非正規だ。
以下、ネタバレ多数なのでそのおつもりで。
秋子は成城在住だが近所の人には「友人のアンティークの店を手伝っている」とウソをつき1.5時間かけて通勤。家はヨーデルハイムの新築注文住宅で夫の「成功のシンボル」、21歳の大学生と高校生の息子がいる。夫はクリスタルゴルフの営業部長だったが倒産し、ディスカウントショップのカメラ売場に転職したがイジメに合い「心がゆらゆら」していて自宅療養中。
貫井はヨーデルハイムの事業企画部長だったがリストラで退職、かねだの品出しスタッフとして再就職、自宅は田園調布で貫井にとっては「最後の砦」である。
本社から異動した新任店長・恩田は家庭には2人の子がいるが、現在単身赴任中。
副店長・竹内は非正規の若手、女性に人気がある。この若さで子どもがいる。バイトから正社員になり店長になるよう店長から「究極の取引」をもちかけられる。
青果担当・春日は、竹内から「実質、(店を)動かしてんのは春日さんだし・・・」といわれる実力者。本社への直訴状で前の店長を追出し、今回も「団結」で恩田店長追出しを画策する。家庭には「男ほど約束を破る生き物はいない! ウチの亭主がいい例だ!」と呼ばれる夫がいるようだ。
小笠原は、かねだ開店日以来勤続21年、無遅刻無欠席のベテラン・チェッカー、チェッカー主任・新島が「開店以来ノーミスと伝説のチェッカー」と賞賛し「店で一度もトイレに行かない」小笠原伝説ももつ。何を聞かれても曖昧に微笑みながら「どうなんだか」が口癖で、態度も優柔不断そのものである。家庭では、年金が少なく、病気の夫を抱えている。
小見は、7年くらい引きこもりの過去をもち学校も中退の若者、親の圧力を感じ、はじめて働きに出たのがこのスーパー、店長に頼まれ精肉のリパックという「犯罪的」な仕事をしているがイヤで仕方がない。一度退職し、やはり親がうるさいので、再度精肉売り場に戻ろうとかねだに来たところ、現在精肉担当の秋子にばったり出会った。
総菜担当・窪寺は店長と春日の間に立ち悩みが多い。家庭では、夫に逃げられ娘を育てるシングルマザー。
チェッカー・星は、カラオケが大好きで、高価なステージ衣装までつくっている。
万引き客すら歴史をもつ。じつはこの老人はかねだの近くで繁盛する八百屋・八尾久を経営していた。しかも小笠原は親しい客で、よくおまけをつける仲だった。
しかしかねだに客を取られ閉店し大宮の次男宅に転居した。同居する家族はトラック運転手、浪人生、イジメにあっている中学生などで、万引きの食品もじつは家族用のものだった。
また、フレッシュかねだそのものも都内7店舗のみの規模で、近所に大型スーパー・ファミリーライクがオープンして以来営業成績はガタ落ちの危機にある。

地下1階シアターウエスト入口

この芝居の特色はまず「笑い」だ。
たとえば、幕開けで秋子が客にシリを向け「いらっしゃいませ、こんにちは!」「またお越しくださいませ! 申し訳ございません!」と繰り返し声出し訓練をしていたり、掃除道具入れのロッカーから飛び出し現れた貫井に秋子が
「・・・あのう、こちらの方ですか?」
貫井「それをね、今考えているとこ」
秋子「え?」
貫井「こちらの方でいようかどうか、考えてるんですよ」(p16 ページ数はすべて而立書房2024.1のシナリオ単行本のもの)
というところからすでにおかしい。
副店長・竹内(T)が万引きの現行犯の初老の男性・大坪(O)を恩田店長(恩)のところに連れてくる。貫井(N)も同席している。
T「一応カゴも持ってましたが、商品は直接この袋の方に取っちゃ入れ、取っちゃ入れして・・・
O「慣れないもんで、つい混乱しましてね。スーパーに来るのは初めてなもんで・・・
T「いまどきいねえよ、そんなジィさん!
N「とにかく、お名前とご住所、書いていただきましょうか。
(略)
O「私、字が書けないんです」
 「五歳で奉公に出されまして、勉学の方がちと・・・」
T「嘘こけ!」
(略)
N(紙とボールペンを出し)「じゃ、おじいちゃん、書かないでいいから、言ってください」
O「おや・・・」
 「名前が・・・あら・・・私は誰・・・」
T「ふざけんなよ、ジイサン!」
O「いや、この歳になりますと、壊れたラジオのようなもんで、勝手に切れたり、繋がったりで。コレ、思い出せ・・・」(と、自分の頭を小突いてみせる)
(略)
N「おじいちゃん、いくつ?」
O「九十二
(略)
T「歳だけなぜ出る?」
O「今突然繋がって・・・」
と、いう具合だ(p79-82)。笑いが止まらない。
もう50年近く前だが、VAN99ホールつかこうへい東京ヴォードヴィルショー、駒場小劇場で初期の夢の遊眠社の芝居をみて大笑いした時代を思い出した。近年こんなに笑い続けられる芝居をみることは少ない。
夏の扉(松田聖子 曲:財津和夫)の替え歌のかねだのテーマソング「レシート切った私に、違う店みたいとあなたは少し照れたよう・・・」で始まり「フレッシュ! フレッシュ! フレッシュ! 店は扉を開けてお得な笑顔を包んでくれる」を恩田のボーカル、貫井、秋子、窪寺のコーラスで歌う場面、「ヨーデル食べ放題」の替え歌を歌う貫井の「焼肉、試食で食べ放題、食べ放題ヨロレイヒ」も爆笑ものだった。

会場の東京芸術劇場
テーマは「迷い、揺れ動く正義」である。
秋子は店員たちの商品無料持ち帰りを知り「そういう不正は誰のためにもならない」と憤り、店長から肉のリパック(日付の付け替え、内容量のごまかしなど)の仕事を要請されると「お客様に嘘をつくこと」「できません。お断りします」と断ろうとする。しかし、月8万円の特別手当は「今の樋野さんには大きいんじゃないですか?」(p98)と囁かれると、つい乗ってしまう。
また前職の小見が来訪し精肉に戻りたいというので思わず嘘をつくが、すぐ現在の精肉担当が秋子であることがバレ、小見は「嘘つき・・・」と一言いって去る。「私、たぶん、すごい役割果たしたね。今後の小見クンの人生に。」「人間不信の決定打になったとか・・・また引きこもるんじゃないかなぁ・・・」
直後にきっぱり貫井に「汚いオバサン、やめますので・・・」「昔の私はどこへ行ったの? もうこれじゃ、ウチの子が嘘ついたって、泥棒になったって、私は嘆く資格もないのよ!」と思い惑う(p123、124)。しかしやはりというべきか、(汚い)仕事を続け店長側につき、「あなたは試食タイムのスターだ。パートタイマー・秋子という、当店一のスターです。あなたが売っているのは、もうただの肉じゃない。お客さんはみな、あなたのやる気を買いにくる(p173)と店長に評価されるまでの存在になる。
しかしパート仲間には「あの人ってトラブルごとに上昇してく感じ、あるじゃないですか? 小見クンが逃げたら、リパックで儲けるし、貫井が逃げたら、一人で焼き肉ヨーデル歌って・・・」「やりますよねえ。泣きながら笑って歌うんだもん・・・」(p167)とみられている。
最後の場面では、秋子まで肉の持ち帰りをしている。「私にまだ正常な感覚があったとき、いつもそばで囁いて、私を変えてしまったのは誰よ!」(p181)と退職した貫井に叫び、「私、変わったんじゃないわね、きっと。元々この程度だったのかもしれない(略)自分の正体も知らずにいたのかもしれない」とつぶやく。
これが人間だ、人生だ、と簡単にまとめられる芝居ではないのだが、複雑な喜劇だった。

もうひとつ、当初は、非正規社員の「団結」で経営側をやりこめるストーリーかと思った。大手スーパーの新規出店で売上げガタ落ちのなか、経営効率を上げるため人員削減する話もあるのに、従業員に知らせぬまま新人募集をしようとする経営側、本社から送り込まれ、従業員の状況も把握せず聞く耳を持たない新任店長と、前職の大手企業の合理化を持ち込もうとする元部長を相手に、本社への直訴状や(事実上の)職場放棄などで立ち向かう非正規チェッカーたちという構図、昔の言葉でいうと「労働者自主管理」だ。
ところが、そのパート仲間の共通かつ公然の秘密は商品持ち帰り、遅刻もみ消しなど「不正」であり、共和国の目標は、まさに「ディストピア的世界」の維持だった。
従業員もウスウス「このまま客入りの悪化が続き、売上がままます減れば閉店」ということに気づいていて、売上倍増すれば現店長は退くという「約束」を信じ、セールに協力し始める。ドミノ倒しのように形勢は逆転する。この芝居では、赤いハッピを着て、豚、魚、ニワトリ、豆腐などの帽子をかぶるかかぶらないかで見分けがつくようになっている。
孤立した非正規のリーダー格・春日は「あんたらは、こんなだから、いつまでも底辺ウロチョロしてんのよ!これじゃいつまでたったって、我らの共和国はできないよ!(p165)と仲間に叫び、秋子に「やり手だねえ、奥さん」「人生の勝ち組は、どこまで行っても勝ち組だ・・・(p169)と捨てゼリフを吐く。
一見、付和雷同への戒めかと思った。だが、こちらもそうシンプルな問題ではない。ポイントは、いったいなんのための団結、なんのための行動かということだ。やはり正義や倫理観の問題へと結びつく。

この芝居はもともと、青年座永井愛が台本を提供し、2003年6月紀伊国屋ホールで上演した芝居(演出:黒岩亮)である。
20年以上前の作品だが、時代背景を調べると、2001年のニューヨークの同時多発テロを受けアメリカがイラン・イラクを「悪の枢軸」と名指し「国際テロには先制攻撃も辞さず」との方針で3月にイラク戦争開始し、それより前2月にイラク戦争反対の平和デモが行われたころだった。戦争終結後にきっかけとなった「大量破壊兵器」はイラクになかったことが判明した。
一方、デフレ不況と金融不況で、UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行など都市銀行の大型統合が進展した時期だった。
倒産・リストラによる失業、パートが増えた時期でもあったのだろう。
20年後の現在、34年ぶりに株価36000円台になり、都会ではベンツやフェラーリをよく見かけるようになったが、一方で格差は20年前以上に拡大した。
安倍政権の集団的自衛権の行使容認、安保法制成立、防衛三文書閣議決定で憲法9条の理念は崩れ、「台湾有事」を合言葉に日本の軍事国家化が進み、第三国への武器輸出まで現実のものになろうとしている。さらにガザの虐殺も続いている。日本国民の正義や公正感覚も揺るがざるをえなくなっている。
2幕6場2時間40分(休憩15分含む)の長い芝居だったが、笑いっぱなしだったので、長さは感じなかった。
役者では貫井役・生瀬勝久が抜群によかった。「ヨーデル食べ放題」を聞き、こんなに歌がうまいとは予想もしなかった。小笠原役・水野あやは新国立劇場の「焼肉ドラゴン」に出演とあるので古いパンフを探すと、クラブ支配人長谷川の妻とその妹の二役とあったが、記憶にない。ベテランで演技に深みがあった。今後注意して一度見に行きたい
元気いっぱい、少し不良っぽい春日役・土井ケイトの演技にも関心がある。
場の転換時の暗転でタンゴの音楽が流れる。ピアソラのタンゴのような激しい曲だった。音楽担当はスタッフリストに書かれていない。演出の永井さんが自分で選んでいるのか、それとも音響の方がやっているのかわからないが、3つの替え歌とともに音楽にも特色があった。
また暗転だが窓から明かりが入っており、初めの4つは夕焼けの色、最後はなぜか昼光色だった。なにか意味があるのだろう。
いつものように永井さんが書籍売り場に立っておられた。サイン入りの単行本を購入した。

永井潔アトリエ館の一角を見下ろす

☆この芝居を見るのに先立ち、練馬区の永井潔アトリエ館を訪ねた。大江戸線練馬春日町から徒歩13分、環八沿いに歩き、住宅街に入りしばらくいったあたりにあった。ここはもともと永井さんの自宅で、父・潔さんが2008年に亡くなった後、改築して2017年に開館した2階建て(部分的に屋根裏があるので高さは2.5階)の個人美術館だ。
常設展示13点に加え、企画展「水辺の記憶」(34点)、さらに偕成社版「飛ぶ教室」(ケストナー)の挿絵が20点ほど展示されていた。
スタッフが近所の女性たちのカフェもあり、こじんまりした個人美術館のよいところが味わえる美術館だった。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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