バッサリ斬り棄て、進撃のマダム!へ

大人になり過ぎて気付くことがある。老いを恐れず、今迄積み上げて来た自分から更に素敵マダムを目指すためのエクスポート。

見なかった事にしておきます。。

2022-08-12 08:07:00 | 日記
ちょっとしたすき間時間のあった休日に散歩に出かけたのは早稲田大学演劇博物館。
浄瑠璃作者の「近松半二の企画展」を開催していると見かけて、ちょっと立ち寄ってみたくなったのだ。
人形浄瑠璃なのか文楽なのか?は定かに覚えていないが、高校生の時の課外授業で一度見たきりで、殆ど知識はないのだが、ふと父親のことを思い出し、出向いてみたくなった。
展示はやはり少々難しく、番付表や戯曲が展示されていても読める力は私には無かった。が、展示されていた人形や「かしら」と呼ばれる人形の頭の部分の仕掛けがたいへん優れていること等に感心した。人が演じるよりも感情を上手く表現できる工夫があるように思い、演目を見てみたいような気持にふと、なったが、正直、私にとって優先順位は低いと思われる。
私が子供の頃、父は、歌番組やバラエティ番組等をテレビで観ている私達に子供に向かって、大抵、「くだらない番組を見る事は時間の無駄だ」とか「もったいない生き方をしている」と言ってきた。
どうせTVを観るにしても、日本伝統だとか歴史だとか世界の情報番組や遺跡探訪番組だとか、何か知識を吸収できるものを見るべきで、折角、自由な時間を沢山持つことのできる人生の貴重な時を無駄にしているというのだ。学びたいと思っても、家族の為に必死に働き、自分の思うような時間が取れない世代になってしまった父の言う事は、正しい。
しかし、当時の私達にはそれが到底理解できず、お笑い番組や歌番組や流行りのドラマに明け暮れていた。
そこで父は、親の背中を見せるしかないと考えた様で、私達がリビングで見かける父は、世界紀行だとか歴史検証、クラッシック音楽、オペラ、美術解説等々ほぼNHKにチャンネルを合わせることが殆どで、正直、当時の私にとってはあまり面白そうに思える物はなく、父の意には沿えないと少し申し訳なく感じていた。
そんなある日、弟が凄い勢いで私の部屋へ入ってくるなり、ドアを閉めると爆笑し始めた。
「何?何?何があった??」 
弟曰く、「階下のリビングにいるおやじをそっと、気づかれずに見てこい」と、大笑いで言うのだ。
「え?だって、ついさっきまでリビングで一緒だったし、テレビで文楽の番組を観ているよね?」と言ったのだが、弟は、「とにかく行って見て来い」と指図する。そこで、言われた通り、足音を立てずにそっと階下へ降りてリビングで目にしたのは、
「志村けんのバカ殿様」の番組を観て大笑いする父で、そこへ、わざと大きな音を立てて弟が階段を下りてくるようにすると、チャンネルを文楽の番組にさっと変えて、冷静な表情に変わる父の姿だった。

時折、思い返す我が家の貴重な良い想い出である。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿