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アメリカ合衆国の建国の父について知っているだろうか?

http://web.archive.org/web/20181103165232/https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/folder/958917.html

アメリカ合衆国の『建国の父』についてちゃんと知っているだろうか?

 

ウィキペディア(日本語でも英語でも)では「アメリカ合衆国の建国の父」を次のように定義されている。

 

(アメリカ合衆国独立宣言 or アメリカ合衆国憲法)に署名した人 or アメリカ独立戦争で頑張った人
= 建国の父(Founding Father)となる

 

つまり
アメリカ合衆国独立宣言に署名した代議員は 56人
イメージ 1

 

アメリカ合衆国憲法に署名したのは40人、署名できなかった代議員12人、署名しなかった代議員3人
イメージ 2

 

その他にアメリカ独立戦争などで頑張った人ということでさらに12人

 

それらの人すべてが「アメリカ合衆国の建国の父」とされている。

 

したがって ベンジャミン・フランクリンやロバート・モリスなどの重複分を考慮すると
『建国の父』の人数は合計116人となる。

これをみると・・・
僕自身読んだわけではないが吉村正和氏の『フリーメイソン』(講談社)によると、『「アメリカ建国の父」56人の内、53人が会員であった。』という記述があり(ウィキペディア:“フリーメイソン”)、

 

『独立宣言に署名した60名のうち、41名がフリーメーソンで、歴代大統領のうち、約6割がフリーメーソンです。』
(引用先 http://www.financial-j.net/blog/2009/07/000975.html)

 

という記述もある。。。

 

結局 何人なの???



まぁ。。。実際それぐらいいてもおかしくないかもしれないが、

 

そんなにムキにならなくても・・・別に何人メイソンでもイイじゃん。。。。

 

それにベンジャミン・フランクリンとワシントンについては異議の無いところだし、アメリカ独立にフランスなどのメイソンのネットワークが果たした役割はかなり重要だったといえる。ただ、統一的な陰謀があったという考えは、逆に『建国の父』のフリーメイソンの割合が多ければ多いほど、矛盾してくる。独立宣言の署名にわたる経緯や、特に憲法選定にまつわるアレクサンダー・ハミルトンの苦労をみるとなおさらである。ジェファーソン率いる共和派とワシントンやハミルトンなどの連邦派の対立を説明できない。

 

ちなみに 憲法制定会議で署名した代議士のうち、フリーメイソンのメンバーとして証明できる人物は以下の9人であると言われている。

 

ウィリアム・エラリー (William Ellery)  Rhode Island First Lodge of Boston 1748
ベンジャミン・フランクリン (Benjamin Franklin) Pennsylvania Grand Master of Pennsylvania, 1734
ジョン・ハンコック (John Hancock)  Massachusetts Saint Andrew's Lodge in Boston, 1762
ジョセフ・ヒューズ (Joseph Hewes) North Carolina Unanimity Lodge No. 7, visited in 1776, and buried with Masonic funeral honors
ウィリアム・フーパー(William Hooper) North Carolina Member of Hanover Lodge in Masonborough, N.C.
ロバート・トリート・ペイン(Robert Treat Paine) Massachusetts Attended Massachusetts Grand Lodge in 1759
リチャード・ストックトン(Richard Stockton) New Jersey Aug 2, 1776? Charter Master of St. John's Lodge in Princeton NJ 1765
ジョージ・ウォルトン (George Walton) Georgia Solomon's Lodge No. 1, in Savannah GA
ウィリアム・ホィップル(William Whipple) New Hampshire St. John's Lodge, Portsmouth NH 1752
参考: http://bessel.org/declmas.htm

 

よくロバート・モリスとアレクサンダー・ハミルトンがフリーメイソンだったと言われることがある。なぜなら、ロスチャイルドなどの国際金融資本家の陰謀と結びつける時に、北アメリカ銀行や第一合衆国銀行の設立に貢献した彼らがフリーメイソンだと都合がいいからかもしれない。

 

たしかに、ロバート・モリスについて言えば、当時フリーメイソンは海運業もしくは海賊として大きな力を持っていたので可能性は多きいだろう。そして、ハミルトンについて言えば、ワシントンは父親のような存在であり、同じくフリーメイソンであったラファイエットとの友情を考えれば、可能性は否定できないだろう。

 

・・・ただ証拠はないのである。
 
さらに ジェファーソンについては『イルミナティ』の結社員として書き込みも多く見受けられる。彼のことはあまり好きではないので別にイルミナティでもいいわけだけど・・・何しろ証拠が無い。証明する文献も存在せず、誰かのファンタジーが広まったに過ぎないのだろう。

 

以下のリンクより転載(大元は反ロスチャイルド同盟)
http://www.financial-j.net/blog/2009/07/000975.html
 
文字化けしていますので元記事参照
同時期、イルミナティは米国にも進出していました。
フリーメーソンであった初代米国大統領ジョージ・ワシントンの最後の演説(1797年)は、イルミナティに対する警告がテーマでした。
「イルミナティのような連合体はやがて、狡猾な野望を持つ、無節操な者たちが独力で政府を強奪し、民衆の力を何もかも覆し、憲法の核心部分を破壊する原動力になるだろう」
「彼らが採用する方法の一つは、イルミナティが民衆から土地と財産を盗むための法律を施行できるよう憲法を改正することにある」
「アメリカが自由であり続けるためには、ヨーロッパを避けることが第一原則である。落とし穴だらけの連合を、何としても避けなければならない」と、出来る限り欧州と政治的関係を持たぬよう、国民に呼びかけました。
やはりフリーメーソンであった二代目大統領のジョン・アダムズは、ワシントンと共にイルミナティに反旗を翻しましたが、三代目のトーマス・ジェファーソンはイルミナティの結社員でした。
しかし、五代目のジェームズ・モンローは、ワシントンの遺志を継ぎ「モンロー主義」と呼ばれる欧州との相互不干渉を宣言しました。ウッドロー・ウィルソンが米国民を騙して第一次大戦に参戦するまで、モンロー主義が米国外交の主軸となった背景には、このような事情があったのです。
 
ふむ・・・つまり、フリーメイソンはイルミナティを嫌っていたってこと?
 
ワシントン(フリーメイソン) → ジェファーソン(フリーメイソン&イルミナティ)が嫌い ??
(実際、最後の方は本当に嫌っていたらしいが・・・)
 
それにしても 一度でいいから原文を読んでみたい。

 

1797年にワシントンが行った最後の演説というものを・・・ 

 

ちなみに彼の辞任演説は1796年9月19日に公式文書として出版されたけど・・・それではないよね。でも・・・不干渉主義について述べていると言うのだからやっぱりそうなのかな・・・。

 

ワシントンの辞任演説 Farewell Address
http://en.wikisource.org/wiki/Washington%27s_Farewell_Address

 

・・・結局 イルミナティとアメリカの孤立主義の関係が・・・まったく分からん。。。

 

っていうか イルミナティ・・・ 登場しませんね。。。

 

残念。
 
 
 
 
 
 
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