7時49分(同3時19分)、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達し、攻撃隊総指揮官の淵田が各機に対して「ト」連送「ト・ト・ト」で「全軍突撃」を下命した[69]。
7時52分(同3時22分)、淵田は旗艦赤城に対して「トラ」連送「トラ・トラ・トラ」を打電した[69]。これは「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味する暗号略号である[90]。この電波は赤城で中継したが、中継を待つまでもなく広島湾にいた戦艦長門でも、東京の大本営でも指揮官機の電波を直接受信した[90]。7時53分(同3時23分)に赤城から「隊長、先の発信、赤城了解」と返信があった[90]。奇襲に成功したことを知った草鹿は南雲の手を固く握り落涙したと言う[92]。
航空機による攻撃は8時00分(同3時30分)に雷撃により開始される予定だったが、これより5分早い7時55分(同3時25分)に急降下爆撃隊がフォード島のウィーラー(ホイラー)陸軍飛行場へ250 kg爆弾による爆撃を開始し、これが初弾となった[69]。
(感想)
日曜日に行われた奇襲により
2334人の大勢の尊い命が失われたことに対して、
深く反省し、心より申し訳なく思います。
衷心よりご冥福をお祈り致します。