無念の二冠馬ヒカルイマイ
ヒカルイマイは、小さな家族経営の所で育てられ、常に家の裏の沢に放されていた。
放牧地もなく、馴致もまったく行われず、こうした環境からヒカルイマイは非常に気性の荒い馬に育った。
*社台ファームのようなところで育てられたら・・・・・・・・
2歳時に上場されたセリ市でも売れなかった。廃馬を引き取るトラックがやって来る日になって、馬主となる鞆岡達雄が現れ購買を申し出る。
ヒカルイマイの評価額は200万円であったが、鞆岡は肋骨が1本陥没していることを指摘し、50万円減額の150万円、
さらに「半分は競走馬になったら改めて支払う」として、
半額の75万円で買い取っていった。
そんな馬が、新馬戦・なでしこ賞・オープンと三連勝
後方一気の追い込み戦法で、
1971年の皐月賞、東京優駿(日本ダービー)に優勝し、クラシック二冠を制した。
二冠獲得後、菊花賞目前で屈腱炎を発症し、2年休養後そのまま引退した。
幻の三冠馬に
獲得賞金は、42年前で約9,000万円
ちなみに、父はシプリアニ
シプリアニは、女傑トウメイの父
当時シプリアニは、無名の馬 母も地方競馬で4戦未勝利の凡馬で
ヒカルイマイは、サラブレッドではなく
サラブレッド系種(サラ系)とされた。
そんな、野武士(野武士はアカネテンリュウかな)ヒカルイマイの走りをみてください。
最近なぜか!?絶不調
シャッターガが二重じゃなくてごめんよ。
Good - by everybody See you again