2022-02-07 08 『目標はアップル』との記事の見出しに興味をもった。
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出典 https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20220207_509149/
「確かに騒音や揺れが少ないね」。日頃は辛口で知られる中京地区の報道陣たちもうなった。3月5日から中央本線・名古屋ー中津川間で運転開始するJR東海の新型在来線通勤電車「315系」の報道陣向け試乗会が2月1日に行われ、名古屋―多治見間を1往復した。
315系の特徴は高い省エネ性能および、車両状態監視システム、主要機器の2重系化といった安全性・安定性の向上が挙げられるが、乗客にわかりやすい特徴はその快適性だ。遮音性が高い床構造や複層ガラスを採用し静粛性が向上、置き換え対象となる「211系」と比べると、「車内騒音が10デシベル改善する」と、東海鉄道事業本部の中村修二車両課長が話す。
■遮音性向上の効果は
「数字で言われてもわからない」と中村課長に訴えたら、「車両の端に行って貫通扉を開けてみてください」という返答があった。貫通扉を開けてみるとすごい騒音が聞こえる。閉じた状態と比較してみると、確かに車内は相当静かなことがわかる。床下機器の形状を工夫することで騒音を軽減しており、外の騒音も従来よりも静かだという。
これ以外にも、台車は新型のものを導入することで上下、左右の振動を低減した。車内ではシートの背もたれの形状を工夫して腰への負担を軽くした。座席幅は従来の45cmから46cmに1cm拡大してゆとりを持たせた。騒音や揺れが少なく座り心地もいい。取材を終えて一息ついたのか、帰路では車内でうたた寝するマスコミ関係者の姿も。これこそ乗り心地が改善されたことの表れかもしれない。
車内で立っている乗客の負担を軽減するため、吊り革の設置数を増やすとともに、さまざまな身長の人が吊り革を掴みやすいよう吊り革の長さを10cmきざみで3段階にした。確かに吊り革の位置が低いと握りやすい。ただ、「あまり低い位置だと顔にぶつかることもあるので注意してほしい」(中村課長)。荷物を置きやすくするよう、荷棚の高さも211系と比べ約4cm低くしたほか、車両床面の高さを低くしてホームとの段差を縮小することで、ベビーカーや車椅子での乗降をしやすくしている。
こうした改善は乗客からの要望を反映してのものだが、中村課長によれば、とくに要望が多かったのは、車内空調に関するものだったという。「冷房が効かない、効きすぎるなど、要望の内容は人によってまちまち」。できるだけ多くの人の要望に応えるため、AIによる冷房制御を採用し、乗務員が手動で補正した時点のデータをAIが自動学習し、きめ細かな制御を行えるようにした。夏になったら真価を発揮しそうだ。
■日本車両の新ブランド第1弾
315系を製造するのはJR東海傘下の鉄道車両メーカー、日本車両製造である。国内では日立製作所、川崎車両(川崎重工業の子会社)、近畿車両(近鉄グループホールディングスの関連会社)、総合車両製作所(JR東日本の子会社)と並び大手5社の一角を占める。
歴代の東海道新幹線の製造を手掛けているほか、リニア中央新幹線「L0系」の製造も担当する。在来線でも小田急電鉄のロマンスカー「GSE」から東京メトロ丸ノ内線「2000系」まで多彩な車両を製造。アメリカ向けの2階建て電車や台湾新幹線「700T」など海外向けの実績も豊富だ。
日本車両はJR東海から65編成352両の315系を受注し、2021年度から2025年度にかけて製造する。まとまった規模の生産であり経営の安定化につながることは言うまでもないが、その生産はそれ以上に大きな意味を持つ。315系は同社が打ち出した新ブランド「N-QUALIS(エヌクオリス)」の第1弾なのである。
エヌクオリスというブランドは2021年11月24?26日に幕張メッセで開催された鉄道技術展で初めて発表された。コロナ禍で鉄道事業者の経営が厳しくなり、新型車両を製造するメーカーの選別はますます厳しくなる。「競争力を上げるにはブランドを立ち上げることが必要だった」と鉄道車両本部の伊藤亮二担当部長が狙いについて語る。
鉄道車両にブランドを付ける例は欧州の鉄道車両メーカーでよく見られる。たとえば、シーメンスの高速鉄道ブランド「Velaro(ヴェラロ)」の車両はイギリスと欧州大陸を結ぶ「ユーロスター」のほかスペイン、ロシア、トルコなど各国で活躍する。さらに、近郊型鉄道の「Desiro(デジロ)」、機関車の「Vectron(ヴェクトロン)」など製品ごとにブランドがある。アルストムも電車・気動車ブランド「Coradia(コラディア)」、路面電車「Citadis(シタディス)」などのブランドを持つ。
国内でも総合車両製作所は「sustina(サスティナ)」というステンレス車両のブランドを持つ。JR東日本の「E235系」と東急電鉄「2020系」は細部のデザインや仕様が異なるが、どちらもサスティナブランド。車両プラットフォームをできるだけ共通化して量産効果による初期コストの低減を図っているのが特徴だ。
■建売住宅と注文住宅の違い
いっぽう、日本車両のエヌクオリスは、シーメンスやアルストムのような車両ブランドではなく、車両、台車、車両状態監視システムなどをラインナップとする技術要素を用いて顧客の課題を解決するブランドという位置付けだ。
欧州メーカーの車両ブランドとエヌクオリスの違いは、建売住宅と注文住宅の違いと捉えればかわりやすい。エヌクオリスは各鉄道事業者がどのような仕様を求めているのか、どのような路線を走るのかといった要望を踏まえて、協議を重ねながら最適な技術を組み入れて作り込んでいく。従って、今後JR東海ではない鉄道事業者向けに車両を製造する場合、その事業者の抱えている課題が315系のそれと異なれば、同じエヌクオリスブランドでもまったく違う車両になっている可能性がある。
なお、通勤車両が中心のサスティナと異なり、エヌクオリスは特急型車両も対象となる。同社が受注したJR東海の新型特急「HC85系」もエヌクオリスの技術要素が採用されている。
ブランド化による成果はすでに上がっており、これまで取引のなかった鉄道事業者からも「話を聞きたい」という問い合わせが来るようになったという。
とはいえ、単に「ブランド化した」というだけでは競合他社との差別化は図れない。では、エヌクオリスの優位性はどこにあるのか。この問いに対して、伊藤部長は「技術開発において“保守”を意識していることだ」と即答した。
伊藤部長が保守の例として挙げたのは台車である。一体プレス式の台車枠を用いて溶接箇所を減らしたことで、亀裂が発生しにくいだけでなく、定期検査における探傷作業時間の大幅な短縮が可能になったという。また、車両の構体も水密性を高めてシール材の使用箇所を大幅に減らしたことで、経年劣化によるシール材の交換という負担の軽減につながった。
■目指すは「リンゴのマーク」
マーケティング的な観点からいえば、エヌクオリスというブランドには大きな特徴がある。それはNとQを組み合わせたロゴマークがあることだ。
鉄道車両の車内には車端部にメーカーの銘板が貼られているが、315系の車内には日本車両の名前に加えてロゴマークが大きく記されている。社名よりもロゴマークのほうが大きくて目立つ。 「リンゴのマークを見れば、『これはアップル社の製品だ』『このスマホはiPhone(アイフォーン)だ』と誰でもわかる。われわれもロゴマークを見ただけで『この車両には日本車両の技術が使われているね』と思ってくれるようになってほしい」と伊藤担当部長は期待を込めて語る。
当面は国内展開に軸足を置く。日本車両は数年前にアメリカ向け案件で大きな損失を計上したこともあり、「まずは国内での競争にいかに勝っていけるかを考えていく」(伊藤部長)としており、海外展開は消極的。しかし、将来海外にあらためて打って出る可能性はもちろんあるだろう。コロナ禍が収束し、誰もが再び気軽に海外旅行ができるようになったとき、遠い異国の街でたまたま乗った列車にエヌクオリスのロゴマークが付いているということも、決して夢物語ではない。
大坂 直樹:東洋経済 記者