した帰途の重巡洋艦インディアナポリスがグアム島
を経由し、レイテ島に向かってフィリピン海を航行中に日本
海軍の潜水艦 伊-58 が発射した魚雷によって撃沈
されたという事件は、すでに事実上壊滅していた日本海軍
の「最後の戦果」と言えるものでしたが ・・・

米重巡洋艦 インディアナポリス
この1945年 7月30日の出来事にもまた歴史の皮肉と
いったものを感じないわけにはまいりません。
歴史に if は禁物ですが、
これが原爆を運んだ帰途でなければ広島、長崎への
原爆投下はなかったわけで ・・・
日本はソ連の参戦により、ポツダム宣言を受け入れざる
を得ない状況に自然と追い込まれ、結局は終戦を迎える
ことになったものと思われます。
ところが、ソ連の参戦によって、戦後の状況は大きく変化
し、日本は分割統治されることになり、その結果として
「東日本社会主義人民共和国」が誕生して
いたのかもしれないのです
1号さんの記事『東日本人民共和国』を参照
してみてください。

重巡洋艦インディアナポリスは太平洋各地における戦闘
に関わってきた歴戦のつわものでしたが、艦長のマクベイ
は沈没の責任を軍法会議で問われて有罪となり、1968年
に自殺を図っています。 ジグザグ航行など潜水艦からの
攻撃回避のための作戦行動を怠ったことが有罪の決定的
理由だと思われますが、後に名誉回復がなされました。

一方の 伊-58 は、回天特別攻撃隊として編成された
多聞隊に属し、インディアナポリス に対して回天
の発進も準備していましたが、通常魚雷での撃沈を確認
した橋本以行艦長は、回天の発進は不要と判断します。

巡潜乙型潜水艦 伊号第五十八潜水艦
回天は超大型の酸素魚雷を転用して改造した一人乗りの
人間魚雷で生還する可能性のない特攻兵器です。

轟沈したインディアナポリス の乗組員約1200人
のうち、およそ300人が沈没時に死亡、残り900人は人食い
ザメの棲息する危険な海域に投げ出され、サメの出没に
脅えながらの漂流を強いられたということです。
極限状態で漂流した乗員のうち生還できた者は約300人
で、この恐怖体験のPTSD(心的外傷後ストレス障害)
を取り上げたその後の映画やディスカバリーチャンネルの
番組等での過剰な演出(サメの襲撃シーン)などが、誤解
を助長させているようですが、実際には救助が遅れた
ことが多くの犠牲者を出した最大の理由だったのです。
軍法会議での有罪判決が、犠牲者家族のマクベイ艦長
に対する抗議活動につながったことは否定できず、艦長の
自殺の原因や動機がそこにあることは否めませんが、
太平洋上の制空権も制海権も確保したという米軍の驕り
がリスク回避をおざなりにさせたことは事実であり、油断が
招いた悲劇(結果)だと言えるでしょう。
その点、ダ・ヴィンチのやることは万事において抜かりが
ありません
油断大敵を心得ていて、そこは慎重居士も顔負け
の用心深さで幾重ものアリバイ工作を施しているからこそ、
大胆不敵にもなれるわけです。
そこには、
たとえそうあっても、そんなことは断じてありえないこと
だと思わせるだけのテクニックを駆使しているからです。

そのいい例が「隠し絵」や「騙し絵」の類です。

誰が『モナ・リザ』を観て、『黙示録』の世界や
欺瞞に満ちた『新約聖書』の記述に思いが及ぶ
ことでしょう。
ましてや、
『モナ・リザ』のモデルが、ユピテル(ジュピター)で
あり、ルケティウス(ローマの光の神)であり、ルシファーで
あり、大天使ミカエルであり、イエス・キリストであり、聖母
マリアであり、悪魔の妻リリスでもあるなどというふざけた
発想に辿り着くことなど …
いやいや、まだまだ、
『黙示録』に登場する火の色をした龍や荒れ野で
男の子を出産する女やガイア論を想起させるような
地球そのものであったり、あるいはダ・ヴィンチ自身を
象(かたど)っていたりと …
およそ、
想像の到達できる域を超えたオールマイティーな
サムシング・グレートなのです。
そうした破天荒な発想から着想を得たもののひとつ
が「合成・合体画像」であるドラゴン・レーダーで、
そのプロトタイプが下の画像です。
この時のドラゴン・レーダーの針(聖ヨハネの指先)は …





いるようですが …

意味不明の方は『ダヴィンチの罠 黙示録』
をチェックしてみてください。

それでは、プロトタイプの『モナ・リザ』を回転させて
みましょう。
右に90度 …



今度は、

ライオンを …


いるようです。
180度回転させると …





モデルの右手の辺りを指しているようです。

270度ではどうでしょうか






(サル)の隠し絵からモデルの右手へと伸びています。

こうしてみると、『モナ・リザ』の左右のマーカーの
違いで、指し示す対象に相違があることがわかります。
『ダ・ヴィンチの罠 羅針盤』での右マーカー
の回転では、



手と目の他には隠し絵のなかのバッファロー(雄牛)だけを
繰り返し指し示していましたが、
左マーカーの回転では、目と手の他にも『黙示録』に
登場する「四つの生き物」の絵が隠されている位置
をそれぞれに示しています。
右 マーカー 左 マーカー



このことは、
右マーカーの『モナ・リザ』では「雄牛」が象徴
するものとその意味を …
左マーカーでは『黙示録』の内容を意図している
と考えられます。
もっとも、
ダ・ヴィンチがこのようなドラゴン・レーダー(羅針盤)的な
ものを想定していたとはとても思えませんが、彼が最期
まで手放さずにいた「3枚の絵画」の謎を合理的に
説明できるとすればこれしかありませんし、また奇妙なこと
に辻褄もキチンと合うのです。

この「仮説」に従えば、『洗礼者聖ヨハネ』の
ポジショニングの違い、つまり所定の位置に設定した根拠
に由来するものが、その違い(右マーカーでは雄牛のみを
指し、左マーカーでは四つの生き物のすべての位置を示す
こと)を明らかにしているわけです。
『ダ・ヴィンチの罠 パズル』でも記したように


完成した時には子羊に変わっていたので、その位置に …




ある葦の十字架(先端が十字になっている杖)とがピッタリ
と重なる位置にポジショニングしたわけです。

つまり、


しかし、「子羊」といえば、イエスを象徴する言葉です。
洗礼者ヨハネは近づいてくるイエスを指してこう言った。
「見よ、世の罪を取り去る神の子羊

( ヨハネの福音書 1:29)
にもかかわらず、
『聖アンナと聖母子』では、ダ・ヴィンチは下絵
に描いた幼児聖ヨハネの姿を「子羊」に変えています。



しかも、心なしか幼児イエスに甚振(いたぶ)られて困惑
しているようにも見えるのです

新約聖書において「子羊」という言葉をイエス・キリスト
の象徴として用いているのは『ヨハネの福音書』と
『ヨハネの黙示録』だけですが ・・・
何かそこにダヴィンチの直感が働いたのでしょうか
前回の『ダ・ヴィンチの罠 羅針盤』において

『モナ・リザ』を右マーカーにセットした際に見られる
聖母マリアとイエスの顔が消される現象や聖アンナと子羊
が目配せをして、モデルの手が幼いイエスの目を如何にも
覆い隠しているかのように見えることを頭に入れておくよう
にお願いしていたわけですが、引き続いてそのことは脳裏
にとどめておいてください。
右 マーカー 左 マーカー



右マーカーのドラゴン・レーダーにおいて子羊である

と聖アンナに託された

示したということは、「雄牛」に象徴される至高神
であるエル(EL)

を強調しているわけで、「わたしは預言者イザヤが
言ったとおり、『主の道をまっすぐにせよ』 と
荒野で呼ばわる者の声です」 ( ヨハネの福音書 1:23)



つまり、「あなたは誰なのか」と尋ねられた時にそう答えた
洗礼者聖ヨハネを表現しているようでもあります。
左マーカーでは『黙示録』に登場する四つの生き物
がすべて示されたということは『モナ・リザ』のモデル
であるサムシング・グレートと『黙示録』の幻とが密接
な関係あることを示唆しているわけですが …
それらのことを踏まえたうえで、
次回では、より突っ込んだ考察をしたいと考えています。
1945年8月6日 午前8時15分、米国のB-29爆撃機
「エノラ・ゲイ」(機長・ティベッツ大佐)が、広島市に
原子爆弾を投下しました。

ついに、「核兵器」が人類史上初めて実戦使用
(しかも民間人に対して実行)されたのです


果たして、このような悲惨な未来の出来事が
ダ・ヴィンチのレシピどおりの推理だったかどうかは、
おそらく、
神をも惑わす「ダ・ヴィンチのみが知る」
ことではありますが ・・・
「神のみぞ知ることに首を突っ込み、神を
も畏れぬ原爆なんぞを作りやがって !!」

「あれから、70年だぜ」
… to be continue !!