野田の辺りからずっと田んぼが多く もう田植えが済んでました。
もうそんな時期なんですね
そこにひょっこりお城が見えて
到着しました。
入ろうとすると20分待ちの表示、人数制限かけてるんですね、逆に安心。
でもすぐに入れました。
利根川の洪水とずっと戦ってきた歴史と何度も何度も護岸工事で知恵を絞ってきたことが克明にかいてあり
ジオラマで見られました。
昔昔 伊奈忠次・忠治親子が江戸時代前期に河川改修工事大きな業績をあげたのち田沼意次(たぬまおきつぐという名前は知ってる)が水運の便を図ろうと検見川(千葉市)まで大規模計画をたてたけれど、完成間近で大洪水にみまわれ壊滅、そして失脚。
その後 江戸時代後期 水野忠邦(老中だった人よね)が、印旛沼干拓事業に着手するも工事を割り当てられた藩の財政や農民の負担が苦しく厳しい改革に反対が高まるなか失脚。事業は挫折。
何度も何度も挫折を繰り返し、のちに来日した外国人による治水土木の成果もあり、水運事業へと移り変わる。
明治10年には利根川、江戸川に外輪蒸気船が就航したと書いてあります。
へえ〜 でした。
両国・関宿間は江戸川を遡るのに9〜10時間、下るのに7時間だったそうですよ
人だけ乗るのがこれだったら
こんな船が米や醤油なんかを山ほど詰んで下ってたらしい
野田では醤油を積んでいたんでしょう。
キッコーマン有名ですもんね
この地図 見惚れちゃいました。
江戸時代だあ
4階の天守閣部分は展望室
はるか先に筑波山
遠くにうっすら富士山
思ってたより!
思ってたよりも面白かった。
入館料200円で 身近な利根川と江戸川の歴史に触れました。
せっかくだから、そこから5分ほどの橋を渡ると茨城県「道の駅さかい」に寄ってみます。
また野菜買うのかよーと声がする
つづく。