これは「図書室のネヴァジスタ」という同人サークルのゲームのSSです。
多数の登場人物が出て来ますので、詳細はwiki先生か、
ゲームの紹介https://booth.pm/ja/items/1258でご確認下さい。
少しでも興味を持って下さった方はプレイしてみて下さい。
下記のSSSはネタバレでもあるので、ご注意下さい。
大丈夫な方は下へスクロールしてご覧下さい。
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<好きだから苛めたい>
土曜日の昼食。
揃って辻村の作った山盛りのサンドイッチを頬張っていた子供達は、
色々下らない雑談をして盛り上がっていた。
その内に自然と今居ない大人達の話題になった。
ふと誰が言い出したのか、いつしか賢太郎の話になった。
監禁されていた時も、子供達を突き放すような口振りで優しく見守っていた賢太郎。
喧嘩が強くて、いつも自信に満ち溢れ、不敵に笑う余裕。
憧れにも似た思いから白峰がふと呟いた。
「賢太郎って、何でも出来て、大人で…。怖いものなんか何も無いって感じだよね」
「ん。先生と違って、幽霊とか絶対信じなさそうだし」
白峰と和泉の会話に一同が頷いた。
記憶力のいい辻村も監禁生活の中で、賢太郎が怯えたり、悲痛な表情になった覚えが無い。
同意する替わりに茅と久保谷が無言で何度も頷く。
しかし、それまで大人しく皆の話を聴いていた賢太郎の実弟、清史郎が、
残ったツナサンドを無心で平らげながら、漸く口を開いた。
「兄ちゃんの弱点。…無い事も無いよ」
大きな驚きの声が人数分重なって、子供達は一斉に清史郎を凝視した。
口許にハムを付けながら清史郎が顔を上げる。
久保谷がほらほらと呆れて口許を拭いて遣っているが、別段気にも止めず会話を続ける。
「あー、でも、俺、それやった後、1ヶ月は口利いて貰えなかったから勧められない」
皆、清史郎の言った事に納得する。
自分に自信がある者は取り分けプライドも高い。
怯えたり泣いたりする処を他者に見られたら、目撃者を皆殺しにする可能性も高い。
賢太郎はそれだけ誇り高い男だ。
長期間に渡る監禁生活で自尊心をズタズタにされながらも、確固たる信念の基に、
最後まで自分を見失わなかった。
その大人である賢太郎が、女子高生のようにキャーキャー騒いで泣き、
懇願する様を見てみたい。
でも大好きな賢太郎に嫌われたくない。
5人の子供達の心の中で激しい葛藤が繰り広げられている。
難しい顔をしたまま黙り込んでいる5人に、清史郎が頬を引き攣らせた。
余計な事を言ってしまった予感。
後で賢太郎に殺される。
情報源が誰なのかなんて、聞くまでも無い。
賢太郎の弱点を知っている者は、限られている。特に自分。
「あー。知り合って数ヶ月の晃弘達は、5年は口利いて貰えないかもよ。止めときなよ」
此処まで言っておいて酷い話である。
清史郎の台詞が決め手になって5人は決断する事にした。
皆で遣れば怖くないの勢いである。
早速、明朝来る予定の賢太郎に仕込む事になった。
元より色々な思惑を顔や仕草に出さない事に定評のある子供達である。
綿密な計画を立て、何食わぬ顔で賢太郎を出迎えた。
羊の皮を被った狼たちの群れに飛び込んでしまった狼の耳を付けただけの仔ウサギは、
得意先で貰った菓子だと大きな和菓子のセットを袋ごと久保谷に渡し、
ソファに座り寛いでいる。
不遜な態度には見えるが、子供達一人ひとりの顔をさり気無く観察し、
この一週間変わった事が無かったか伺っている。
賢太郎はそんな大人だった。
容量のいい白峰と和泉が賢太郎の両側を陣取り、最近の出来事を競い合うように話している。
その横にぽつんと茅が座り、時折賢太郎と目が合うと嬉しそうに微笑んでいた。
健気な事である。
不器用王の辻村は始めから諦めているのか、
厨房に入り賢太郎の好きな濃い目の珈琲を淹れている。
こちらも健気な事である。
そんな5人を少し離れたテーブル席から清史郎は眺めていた。
出来れば我先と抱き着いて甘え捲くりたい清史郎だが、
皆が甘えている時はフェアじゃ無いといつも一歩引いている。
今回は別の意味で一歩引いているのだが、不自然ではないので助かっていた。
(兄ちゃんに殺される…)
顔には出さないものの、背中に冷たい汗が流れ落ちる。
確かに凄く興奮するし、初めてあの賢太郎を見た時、
初恋の女の子を思い出すより胸が高鳴った事を憶えている。
しかし後が怖い。
怒った賢太郎は凄く怖いのだ。
辻村が皆の分と一緒に珈琲を持って来た。
テーブルに珈琲カップが乗ったトレイが置かれ、辻村が皆にその旨伝える。
しかし、それが作戦開始を告げるキーワードだった。
「あ、蜘蛛」
和泉の小さな呟きに、それまで口端を上げて微笑んでいた賢太郎の表情が固まった。
殺人者が殺した相手の亡霊を見てしまったかのように、真っ青になってある一点を見詰めている。
大きな大きなアシダカグモ。
ゆっくりとした動作でソファの前のリビングテーブルから下りて、
食堂の隅にでも行こうとしているようだった。
蜘蛛の動きを追う賢太郎の表情が、捕獲者に追い詰められた少女のように小刻みに震えている。
子供達は賢太郎のその表情を食い入るように見詰めている。
心無しか皆、頬が赤く、息が荒い。
賢太郎は、目を逸らしたいのに恐怖により目で追うしか出来ないようだった。
無言のまま蜘蛛を見詰める賢太郎を不審に思い久保谷が口を開いた。
勿論皆で考えた台本通りなのだが。
「何、黙り込んじゃって。もしかして、賢太郎、蜘蛛、怖いの」
普通、「幽霊怖いの?」と聞かれれば「怖い筈ないだろう!」と怖ければ怖い程、
人は強く否定するものだ。
しかし、本当に怖いもの、苦手なものであれば、口を利く事も出来なくなる。
子供達は今それを知った。
賢太郎は否定する事も出来ず、白峰の肩に縋るように、
身を逸らせ、泣きそうな表情をしているのだ。
幼子のようにフルフルと首を横に振る姿は扇情的でさえあった。
皆の頬が緩み、厭らしい笑みが浮かぶ。かなり怖い。
「へぇ…。賢太郎、こんなの怖いんだ」
賢太郎は嫌いと常に豪語している久保谷が買って出た大役は、蜘蛛をけし掛ける事だった。
ゆっくりと歩く蜘蛛を傍にあった雑誌の上に乗せ、ソファの上で怯え、
縮こまる賢太郎の方へ向けようとした。
まるで悪夢でも見ているかのように、青い顔を真っ白にして賢太郎が小さく悲鳴を上げた。
恐怖で腰が抜けてしまったのか、必死にソファから逃げ出そうと足掻いているのに、
上手く立ち上がれないようだった。
暴れる賢太郎から悪いと思いつつも白峰と和泉、茅までも離れていく。
絶望に打ちのめされた顔をして、賢太郎は周囲の子供達を見廻した。
そして其処に救いの手が無い事を思い知り、唇を戦慄かせる。目尻に涙が浮かんで来た。
「まさか、大人の賢太郎が蜘蛛なんか怖い筈無いよねぇ。この蜘蛛、益虫なんだし」
近寄って来る8つの単眼に見詰められ、賢太郎は恐怖に小さく喘いでいた。
白峰が逸早く反応する。
賢太郎の目の焦点がおかしい。
胡乱気な表情で失神寸前の様子だった。
茅が慌てて駆け寄り、細い肩を抱く。
「ちょっ…、瞠、もう止めなよ。…賢太郎、上手く呼吸出来てないみたい」
「……津久居さん!……しっかり!…津久居さん!」
賢太郎は其処で完全に意識を失った。
全てを拒否するかのように固く瞑った目の端から涙がころりと落ちる。
茅の腕の中で脱力し、死んでしまったかのように眠り続ける賢太郎を見下ろし、
子供達は完全に遣り過ぎた事を思い知らされたのだった。
「蜘蛛恐怖症って、重度だと呼吸困難とかパニックになる人がいるんだってさ」
インターネットで久保谷が調べたらしく、黙り込む子供達に告げた。
清史郎の膝の上、賢太郎はまだ目を覚まさない。
清史郎の話では、子供の頃より酷くなっているらしかった。
子供の頃に住んでいた家は借家で古く、大きなアシダカグモが住んでいた。
ゴキブリなどを食べてくれると母親は殺さずに居た所為で、
賢太郎はすっかり蜘蛛恐怖症になってしまったそうだ。
清史郎が生まれる前に、新居に引っ越したお陰で、
清史郎は大きな蜘蛛に逢う事は無かったが、一度新居に入り込んだ小さな蜘蛛を棒に乗せ、
賢太郎に見せた処、中学生だった賢太郎を泣かしてしまった事があったらしい。
悪戯したつもりは無かったのだが、世話はしてくれるものの、1ヶ月は口を利いて貰えず、
清史郎は相当堪えたらしかった。
「……でも、怯えて泣いちゃった賢太郎、可愛かった」
「津久居さんの懇願するかのような目…堪らなかったな」
「あー、賢太郎のあの表情、写真に撮れなかったのが心残りだよなぁ」
「ハルたん、それ鬼だよ…」
「しかし、監禁生活中に蜘蛛が出なかったのは奇跡に等しいと思わないか」
辻村の台詞に清史郎が苦笑する。
「俺の部屋だもん。殺虫剤撒いて蜘蛛が入れないようにしておいたんだよ。
きっと兄ちゃん自身も鎖が届く範囲で常にチェックしてたと思うよ。
そうじゃないと眠れない筈だから」
大人だと思って頼り切っていた賢太郎に、
実は過度のストレスを与えていたのだと今更ながら思い知らされると、
子供達は眠り続ける賢太郎が更に愛しく思えてくる。
完璧に見えて、実はかなり繊細な処もあるのだ。
暫くして賢太郎が身じろいだ。
小さく呻き、瞼が僅かに震える。
皆が息を呑んで見守る中、紫にも見える漆黒の瞳が大きく開かれる。
状況が把握出来ないのか見下ろしてくる子供達の顔をぼんやり見上げていた賢太郎は、
意識を失くす前の出来事を思い出したのか、
びくりと小鹿のようにその場で大きく身を捩った。
「兄ちゃん!…大丈夫!蜘蛛はもう居ないよ。外に放したから安心して!大丈夫だから!」
抱き抱えられるように、清史郎に説き伏せられ賢太郎は徐々に身体の緊張を解いていった。
暫くソファに仰向けに寝転んだままでいると視線を感じ周囲を見渡す。
そしてぎくりと身を硬直させた。
自分を見詰める子供達の目。
その目には嗜虐心を煽られた獣の獰猛さが秘められていたのだ。
捕食される小動物のような恐怖。
賢太郎は口を開く事が出来ず、黙したまま清史郎の腕から起き上がり、
ソファの横に掛けたままだったコートを鷲掴みにすると、
徐に脱兎の如く食堂のドアに突進して行った。
「あ!賢太郎が逃げる!」
「何処に行くんだよ!まだお昼にもなってないのに!」
席を立ち、追い駆けて来る子供達の手を振り切り、賢太郎は幽霊棟を飛び出した。
震える手でポケット内を必死に探り鍵を取り出すと、
路肩に停めておいた車のドアを開けアクセルを踏み込み急発進する。
そしてあっと言う間に賢太郎の車は見えなくなった。
それから2週間。
誰が連絡しても賢太郎は一切取り合おうとしなかった。
そして子供達が、いかなる手段をもって賢太郎に許して貰ったかはまた別のお話。
<了>
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賢太郎の蜘蛛嫌いは私の俺設定です。実際白峰ルートでは散々怯えてましたよね。
昔の古い家にもアシダカグモ居ました。タランチュラに似てる癖、大きいんですよね。
ずっとあれが女郎蜘蛛だと思ってました。
やっぱ皆で土下座して、誕生日同様、何でもやる券作ったんじゃないかと思います。