これは「図書室のネヴァジスタ」という同人サークルのゲームのSSです。
多数の登場人物が出て来ますので、詳細はwiki先生か、
ゲームの紹介https://booth.pm/ja/items/1258でご確認下さい。
少しでも興味を持って下さった方はプレイしてみて下さい。
下記のSSSはネタバレでもあるので、ご注意下さい。
大丈夫な方は下へスクロールしてご覧下さい。
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<些細な出来事と想いと>
清史郎が旅に出て、子供達は落ち着きを取り戻していった。
賢太郎も監禁から解放され、心療内科に通いながら、徐々に日常に戻る為のリハビリを続けている。
勿論、その事は子供達には内緒にしている。
それよりも心に傷を負った子供達の方が心配だった。
学校や寮には槙原がいる。
しかし、彼が知らない事も沢山あるのだ。
仕事は立て込んで居たが、賢太郎は幽霊棟に一週間と空けず通っている。
通い慣れた幽霊棟への山道を抜けると古めかしい洋館が目前に現れる。
今日は日曜日。
予め子供達には連絡をしていたのだが、既に聞き慣れた車のエンジンの音に、玄関の扉が開く。
監禁されていた頃は、子供達を仇名で呼んでいた賢太郎も、今では皆下の名前で呼ぶ。
次々に顔を出す子供達に、自然と笑顔になった。
「賢太郎、連絡来てから随分早かったけど危ないよ。ちゃんと安全運転して」
「賢太郎。昼飯まだだろ。大皿で沢山作っておいたからな」
「賢太郎。今日は僕の部屋においで」
「お前等、本当、賢太郎好きなのな!」
我先と賢太郎に話し掛ける子供達に、久保谷が突っ込みを入れた頃、
漸く息を切らして茅が階上から降りて来た。
いつもは真っ先に顔を出すのに珍しい事だ。
目を見開いて、その網膜に賢太郎の姿を焼き付け直しているかのように、
茅は凝視したまま硬直している。
白峰が微苦笑して、そっとその背を押した。
「ほら、茅。ずっと待ってた癖に、話し掛けてあげなよ。賢太郎、待ってるよ」
数歩よろめくように歩を進めて、茅は口を開く。
「つ…、津久居さん…」
長年想い続けた恋人の幻に出逢ったかのような物言いに、賢太郎は困ったように笑った。
茅は過去の哀しい出来事の為、長年恐れていた実兄、義之と和解し、
徐々に精神的に安定して来ている。
それは全て、身内に替わり彼を保護し、
その身を呈してまで彼を護ろうとした賢太郎の存在があってのものだ。
白峰や久保谷への依存だけでは賄い切れない心の暗闇を、賢太郎だけが埋めてくれる。
茅は賢太郎の存在に安らぎさえ感じるまでになっていた。
皆が見守る中、茅は賢太郎の前に歩み寄る。
背の高い茅を賢太郎は見上げ、そして嬉しそうに目を細めた。
誰にも頼らず、一人で生きて来た賢太郎は、最近優しく笑う。
「何だ晃弘。たった一週間で俺の顔を忘れ……」
賢太郎は最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。
視界を覆う化繊の模様。
そして背中に廻される逞しい腕。
一瞬、闇に呑まれ監禁されていた頃の恐怖が蘇りそうになるが、必死に相手が誰かを思い出す。
今、自分を抱き締めているのは、闇から救い出した子供。
茅晃弘なのだ。
「あ~!茅、自分ばっかりズルい!」
白峰の怒号と共に辻村や和泉の不平も背後から聞こえたが、
茅は聴こえない振りをした。
暫く小鳥のように震えていた賢太郎も、今は大人しく茅の腕の中に収まっている。
硬そうに見えて実は猫のように柔らかい黒髪に顔を寄せると柑橘系の甘いシャンプーの匂いがした。
堪らず「津久居さん」と何度か連呼する。
気分が落ち着いていく。
「……ずっと逢いたかった。そんな僕があなたを忘れる筈が無い」
女性を口説くかのような、茅の低く心地良い声が賢太郎の耳をくすぐる。
それなのに、賢太郎は憮然としながら胸襟の発達した茅の逞しい胸元に腕を当てて、その身体を離した。
茅はそれだけで少なからず傷付く。
「……つ、……津久居さ……」
子供のように唇を窄め、拗ねたような表情をして、賢太郎はそっぽを向いた。
幽霊棟の連中にも見せたくないのか、山道に寄せて停めた自分の車を苛立たしげに凝視している。
茅は叱られた理由が分からない幼子のように、不安気にその場に立ち尽くしていた。
賢太郎は急に抱き締めて苦しかったのだろうか。
それとも他に賢太郎を怒らせる何かをしてしまったのか。
茅は分からなかった。
目の前が暗く濁っていく気がした。
「……お前さ…」
考え過ぎて、茅は指先に温かな何かが触れているのに最初気付かなかった。
ぼんやりと視線を遣れば、銀のボルトのような指輪をした細い指が視界に映った。
賢太郎の指が数本、甘えるように茅の指に絡まっている。
そして茅は導かれるように視線を戻した。
まだ賢太郎はそっぽを向いたままだったが、時折紫にも見える澄んだ瞳を伺うように茅に寄越して来る。
茅はその言葉の続きを待った。
「……いい加減……、俺の事、名前で呼べよ……」
茅が呆けたように目を見開く。
その反応に賢太郎は生娘のように瞬時に頬を染めた。
他の生徒達に聴こえないように、声を潜め言葉を続けるが、羞恥に視線が彷徨う。
そんな賢太郎に茅は目を奪われ一瞬も離せない。
「……お前だけ…、その……津久居さんって…、余所余所しいだろ」
「…津久居さ…」
「…だから…、その、止めろって…名前……わっ!」
苦しいまでの抱擁。
抱き潰されるかと思う程、賢太郎は茅に抱き締められていた。
清史郎と同じ歳とは思えない程、強く発達した身体に抱き竦められ、足裏が浮かび上がる。
賢太郎は苦しくて、その腕から逃れようとするが、
茅が何か話そうとしている気配がしたので、大人しく口を噤んだ。
いい加減、賢太郎を放そうとしない茅に痺れを切らして白峰達が玄関から下りてくる。
茅は緩む頬を隠そうともしないで微笑んだ。
「……名前でなんて呼べません。だって………」
囁かれた言葉に賢太郎は耳まで顔を真っ赤に染めた。
「………だって、気持ちに歯止めが利かなくなってしまいますから……」
それは予感。
些細な事から何かが芽生える気配。
賢太郎を下ろしながら茅が笑う。
次々に跳び付いて来る子供達に揉みくちゃにされながら、賢太郎は何故か安堵する。
大丈夫。
きっと大丈夫。
この想いは明るい色で出来ているのだからと。
<了>
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茅だけ「津久居さん」って呼んでるの気になっていたので、
賢太郎はどう思っているのかなって思い書きました。