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予科練平和記念館に行って来ました。

2020年07月03日 | 日記

 

 

 

 

 

皆様、予科練って知ってましたか。
私は家族に聴くまで知りませんでした。そして、恥じました。
自分が今、生きて此処に平和に住んでいるのは、こんな哀しい子達のお陰なんです。
予科練は「海軍飛行予科練習部」の略称です。
第一次世界大戦以降、航空機の需要が世界的に高まり、
欧米列強に遅れまいとした旧海軍が、より若いうちから基礎訓練を行って
熟練の搭乗員を育てようと、昭和5年に教育を開始しました。
14歳から17歳までの少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、
飛行予科練習生制度が始まってから、終戦までの15年間で24万人が入隊し、
うち2万4千人が飛行練習生課程を経て戦地へ赴きました。
なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、
戦死者は8割の約1万9千人にのぼりました。(パンフレット抜粋)


約1万9千人の戦死者の多くは10代後半から20代前半の若い青年達です。
上記で出て来た特別攻撃隊と言うのは、皆様聴いた事があると思いますが、
「神風特攻隊」です。
帰りの燃料を積まず、爆弾を先端に付け、戦艦に突っ込んでいくんです。
また、人間魚雷として有名な「回天」も観ました。
もう、声に詰まって此処で述べるのも憚れるものです。
戦争は駄目です。
罪の無い人間が罪の無い人間を殺す意味のないものです。
其処に意義を見出すのも愚かな行いです。
拳を振り上げた者に応じた処から喧嘩は始まります。
応じては駄目なのです。
日本は武器を持つのを自ら放棄した国だと私はずっと信じて来ました。
それが最近は皆様が選んだ人物に因って自衛の為だとどんどん武器を購入しています。


教育とは恐ろしいものです。
予科練の少年達は、お国の為だと、家族の為だと、愛する者の為だと教えられ、
その恐怖に慄き、そして散って逝きました。
今、現代に生きる人達が、特攻する零戦に何人乗れるんでしょうか。
人間魚雷に何人入って死のうと思うのでしょうか。
皆死ぬのは嫌ですし、家族も若い兄や父を恋人を戦地に送るのなんて嫌でしょう。
私も弟や友人を戦地なんて行かせたくないです。
人間は愚かな生き物です。でも、愚かだからこそ学べる筈なのです。
何故同じ過ちを繰り返すのでしょう。
あの原爆から人は学んだ筈です。
原子力も駄目です。人間が手を出してはいけないものです。
産み出しても処理出来ないものを何故今でも産み出し続けているのでしょう。


あの東日本大震災の際に、人は皆で節電をしました。
それで原子力が無くても暮らして行ける事が証明出来ました。
今でも被災者の方々は苦しんでいるんです。
それなのに、何故もう無かった事にして節電を止めて光々と灯りを燈しているのでしょう。
私は今でも節電をしています。
汗を掻ける範囲で熱中症にならない程度ならエアコンは付けませんし、
人の居ない部屋は電気を消し、使わない家電のコンセントは抜いて居ます。
無かった事に出来ないのです。
今でも苦しんでいる方々が居るのを忘れないで下さい。
戦争の体験を語れる人が高齢化して、中々聞く機会が無い方が多いのではないでしょうか。
この予科練平和記念館では、映像で戦争の悲惨さや恐ろしさを流してくれます。
忘れてはいけません。


もう一度言います。
戦争は駄目です。
この記念館に行って、私は改めて思いました。
原爆が落ちる映像を観て自然と涙が零れてしまいました。
あの煙の下、何万人の罪のない人々が影となり、煙となり、散って逝った事か。
私は小学生時代、九州に居たので、長崎に修学旅行に行き、
徹底的に戦争・原爆の恐ろしさの教育を受けましたので、断言します。
拳を振り上げるなら振るうがいい。
私は黙って相手の目を見ながら姿勢を正し、目を閉じよう。

 

 

零戦。
格好いいと思う人は普通にパイロットの免許だけ取ってセスナ飛ばすといいよ。

 

 

 

 

 


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