「どこかになにかすごく大切なものを
置き忘れてしまったんじゃないかって
3年くらい前からずっと感じているんだ」
「大切なものって、なに?」
「・・・わからない。
なんていうかなぁ、身体のどこかに
空白ができちゃっているような感じ。
いつも感じてるわけじゃなく
たまにどこからか風が吹いてくると
ヒューって音が聞こえてくる気がするのさ。
その音がオレの中に空白があることを
教えてくれるんだ」
「はっ、身体の中に空白?
つまり身体の中にもともとあった
大切ななにかをどこかに置いて
そのまま帰ってきちゃったってこと?」
「そう」
「それって十二指腸とか三半規管とかっての話?」
「違わい!」
「3年くらい前に?」
「うん」
「置き忘れたってことは
一旦は身体の中から取り出したんだ?」
「らしい」
「らしいって片桐、お前自分で記憶にないのか?」
「覚えていないみたいなんだ。
藤野、悪いけどお前探してきてくれないか」
「じょ、冗談こくなよ!
なにをどこでなくしたものかも分からないのに
オレが探せるわけないじゃん」
「だよな。すべてはオレの不注意。
あきらめるより仕方なさそうだ」
「そんな大切なものを無くしちゃって
日常生活に不自由はなかったのか?」
「ん〜、まぁ強いて言うなら
なんとなくハリがなくなったような」
「は?ハリ?ハリって生きる力のことか?」
「そう」
「そういえばお前、ここのところずっと
目に輝きがない気がするよ。
まぁ、コロナの影響で閉じこもりがちってのも
分からなくもないけどさ。
たまにはどっか知らない街にでも繰り出して
新鮮な出会いとかにどっぷり触れて
命の洗濯でもした方がいいかもよ」
「知らない街・・・新鮮な出会い・・・
命の洗濯・・・あっ!藤野、
オレが置き忘れてきた大切なものって
ひょっとして冒険心なんじゃね?
そうだよ、思い出した!
3年前のあの時、仕事仲間の女子連から
お化け屋敷に行かない?って誘われて
神田の駅前のポストに寄りかかりながら
散々考えた挙句コロナが流行り始めたからって
断っちゃったんだ」
「片桐、それだよ、それ!
きっとその神田のポストの上に
置き忘れてきたんだよ、
お前の大切な冒険心ってやつをさ。
そうと分かったら早く取り戻しに
行った方がいいぞ」
「だ、だ、だってもう3年も前のことだよ。
もうありっこないよ」
「あるかないか、行ってみなけりゃ
分からないんじゃね?」
「それもそうだな。行ってみるか、神田」
”たしかこのポストの上だっ・・・ない!
やっぱり遅すぎたか・・・チキショー!”
「おや?切手を貼り忘れて投函でもなさいました?」
「あっ、郵便局の人ですか?」
「そうですけど」
「そうじゃなくて、3年前にこの上に
置き忘れたものを取り戻そうと思って・・・」
「ポストの中ではなく、上に置き忘れたもの・・・
3年前に・・・それはどんなものでしょう」
「言ったら笑いそうな顔をしています」
「笑うわけないじゃありませんか」
「なら言います・・・冒険心です。私の」
「プッ!」
「ほら言ったとおりでしょ。
だから言いたくなかったんだ」
「これは失礼しました。
あまりにも予期せぬものだったので、つい。
ですが希望をお持ちください。
きっと見つかりますよ」
「気休めは言わないでください」
「気休めではありません。
私は40歳の誕生日に青春をなくしました。
あなたと同じようにポストの上に
ポンと置き忘れたのです。
それから長いあいだ悶々としていましたが
あるきっかけで私はひとりの女性と出会い
恋に落ちました。
それはそれは素晴らしい出会いでした。
なくしたはずの青春が
私の中に舞い戻ってきたのです。
つまり私は青春を置き忘れたと
思い込んでいただけで
本当はそうじゃなかった。
青春は私の中にずっとあったのです。
あなたの場合だって同じはず。
要は気持ちの持ちようなのではないでしょうか」
「はぁ。そこまで熱く語られると
そういうものなのかなと思います」
「あっ、いけない!集荷の時間が
大幅に遅れてしまっています。
そろそろ行かねばなりません。
あなたの冒険心はポストの上にではなく
あなたの中にちゃんとあります。ご心配なく」
「神田まではるばるやって来てあなたに出会い、
大切なことを気づかせていただけた気がします」
「それはまさしく冒険心のなせる技。
あなたの冒険心はもう息を吹き返していますね
それでは私は失礼します。チャオ!」
チャオ・・・・待ってろ藤野、
鯛焼きを買って帰るからな。