<Wコラム>ペ・ヨンジュン 過去への旅路〜『冬のソナタ』前夜
05月21日 08:48
http://news.goo.ne.jp/article/wowkorea/entertainment/wowkorea-20160521wow001.html
久々の復帰作となった『ホテリアー』で、ペ・ヨンジュンは洗練された演技を見せて、ゆるぎないトップ俳優であることを証明した。さすがにホッとしたことだろう。『ホテリアー』の放送が2001年6月に終わると、そのままペ・ヨンジュンはロサンゼルスに飛び、有意義な夏休みを過ごした。
■レット・イット・ビー
ロサンゼルスで英語の語学学校に通ったり、きままに街をブラついてショッピングをしたり……。心からリラックスしている間に時間はどんどん過ぎ、彼が韓国に戻ってきたのは10月3日だった。なんと3か月あまりにわたる長期休暇になってしまったわけだ。
しかし、この時間は本当に貴重だった。
アメリカの自由な風に触れたことで、ペ・ヨンジュンの演技に対する姿勢も微妙に変わってきた。たとえていえば、ビートルズの名曲のタイトルにもなっている『レット・イット・ビー』の心境というべきか。つまり、「あるがままの自分」をもっと表現してもいいのではないか、ということだ。そんな気持ちになったのも、アメリカで大いに刺激を受けたからだ。
韓国にいると、ペ・ヨンジュンは俳優として高い評価を得る一方で、どうしても窮屈な生活を余儀なくされる。しかし、アメリカでは周囲の視線を気にする必要がまったくなかった。
しかも、アメリカの人々は、誰もが自由にふるまっていて、本当に楽しそうだった。
常に自分らしくあること。
そのことをペ・ヨンジュンはアメリカでの生活で強く実感したのである。
■3つの分かれ道
2001年10月3日に帰国したペ・ヨンジュンは、早い段階で次のステップを選択しなければならなかった。
彼が不在の間、映画やドラマの関係者から数多くの出演依頼が届いていた。その中で、ペ・ヨンジュンが最も関心を示したのがKBSとMBCからの提案だった。ただし、成均館(ソンギュングァン)大学に在学中だっただけに、学業に専念したいという気持ちが強かったのも事実で、ここからペ・ヨンジュンの葛藤が始まった。
そのあたりの事情を、2001年10月9日付けの「イルガン・スポーツ」は次のように報道している。
「トップスターのペ・ヨンジュンが分かれ道に立った。それも、3つの行き先について葛藤しているのだ。まずは、学業に専念すべきなのか、あるいは、俳優活動を再開すべきなのか。しかも、俳優活動をするなら、KBSとMBCのどちらかを選ばなければならない。苦悩は深いと言える」
「1998年に成均館大学の映像学科に合格が決まってから、しばらく俳優活動を中断して学業に全力を尽くしたペ・ヨンジュンだけに、授業に出席することも俳優活動に劣らないほど重要なことなのだ。けれど、放送・映画界から注がれる愛情も非常に大きいので、簡単に心を決めることができない」
「もし次回作を決めようとしても、苦悩はまだ続く。KBSドラマの『愛の挨拶』で彼をスターダムに押し上げたユン・ソクホ監督が、来年初めに予定しているミニシリーズでペ・ヨンジュンと一緒に仕事をすることを望んでいるのだ。また、MBCのキム・サヒョンPDも、同じ時期に放送されるミニシリーズでペ・ヨンジュンが主演することを願っている。恩人とも呼べるユン・ソクホ監督と、義理があるMBCとの間で、葛藤するしかないような状況なのである」
■MBCには義理があった
様々な記事がスポーツ新聞を賑わせている中で、ペ・ヨンジュンはまず学業より俳優活動を優先させることを決断した。それは、アメリカで得た俳優としての感性をぜひ実際の撮影現場で試してみたかったからだ。「オール優」を獲得するほどペ・ヨンジュンは学業に熱心に取り組んできたのだが、しばらく休むことにした。
こうなると、次の決断は「KBSにするか、MBCにするか」ということだ。
実際、ペ・ヨンジュンはKBSで育てられた俳優と言っていい。『愛の挨拶』でデビューしてから、『若者のひなた』、『パパ』、『初恋』、『裸足の青春』と、ずっとKBSのドラマに出演していた。特に専属契約を結んでいたわけではなかったが、ペ・ヨンジュンはデビューから自分を引き立ててくれたKBSに心から感謝し、ずっと同局のドラマに出演していたのである。
ただし、『裸足の青春』以後、ペ・ヨンジュンとKBSの間がギクシャクして、彼が内定していたKBSのドラマを降りるという出来事もあった。
KBS側は「ペ・ヨンジュンが共演者のキャスティングに口を出してくる」と不満をもらし、ペ・ヨンジュン側は「誤解であり、口を出したことはない」と弁明したのだが、両者の関係は修復できなかった。
しかも、KBSのあるPDは「今後はペ・ヨンジュンをKBSのドラマに出演させない」と明らかにしたこともあった。
こうした状況の中で、ペ・ヨンジュンはKBS以外で初めてのドラマに出演することになった。それが1999年の『愛の群像』であった。「イルガン・スポーツ」が記事の中で「義理のあるMBC」という表現を使ったのもそのためである。
■恩人に報いたい
恩義のある2人のPDから出演依頼を受けて、ペ・ヨンジュンも大いに迷った。
ここで、もし、ペ・ヨンジュンがMBCを選んでいたら、果たしてその後の韓国ドラマの展開はどうなっていただろうか。
日本で韓流ブームが起きたきっかけは、誰もが指摘するように、『冬のソナタ』の放送だった。特に大きかったのはペ・ヨンジュンの主演ということ。彼のたぐいまれな魅力が韓国ドラマのイメージを飛躍的に高めたことは間違いない。
けれど、もし『冬のソナタ』がペ・ヨンジュンの主演でなかったとしたら……。
おそらく、日本での韓流ブームも違ったものになっていただろう。それだけに、ペ・ヨンジュンが『冬のソナタ』への出演を決断したことが、本当に大きな分岐点になった。
それでは、なぜ、ペ・ヨンジュンはKBSを選んだのか。
2人のPDを比べるわけではないが、やはりデビュー時に自分を育ててくれた人は特別なのである。その恩に報いたいという気持ちも強かったし、俳優としての自分自身の成長を名監督に見てもらいたい、という思いも募っていた。
それゆえ、シナリオをまだ読んでいないにもかかわらず、ペ・ヨンジュンはユン・ソクホ監督の作品を選んだのだ。
同時に、チェ・ジウとの共演も心強かった。1996年に『初恋』で共演しているとはいえ、当時はまだ2人とも新人に近い立場だった。それから5年。名実ともにトップ俳優となったペ・ヨンジュンとチェ・ジウの共演はメディアでも大々的に報じられて、大いに注目を集めた。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
(ロコレ提供)
<Wコラム>ペ・ヨンジュン過去への旅路〜大ブームを起こした『冬のソナタ』
http://news.goo.ne.jp/article/wowkorea/entertainment/wowkorea-20160521wow021.html
05月21日 22:27WoW!Korea
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<Wコラム>ペ・ヨンジュン過去への旅路〜大ブームを起こした『冬のソナタ』
『冬のソナタ』のシナリオを読む練習が行なわれたとき、ユン・ソクホ監督はペ・ヨンジュンに久しぶりに会ったのだが、「彼は俳優として風格が出てきた」と率直に感じたという。(写真提供:OSEN)
(WoW!Korea)
2001年12月8日、『冬のソナタ』の出演者が集まり、シナリオを読む練習が行なわれた。このとき、ユン・ソクホ監督はペ・ヨンジュンに久しぶりに会ったのだが、「彼は俳優として風格が出てきた」と率直に感じたという。
■高校生役に挑戦
風格……。
このとき、ペ・ヨンジュンは29歳だった。デビューしてから7年が経っていた。寡作ではあったが、常に全身全霊を傾けて出演作に取り組み、作品ごとに多様な演技スタイルを身につけていた。
しかも、その年の夏にはアメリカで3か月あまりを過ごし、見聞を広めることで人間的にも幅広い素養を身につけていた。
そうしたすべての要素が、ユン・ソクホ監督が言うところの「俳優としての風格」に結びついていたのである。ペ・ヨンジュンにとって、まさに『冬のソナタ』は20代の最後を飾るにふさわしい作品だった。
ただ、心配な点があった。それは、学生服を着て高校生役を演じるということだった。韓国ドラマの常識からいえば、そういうときは子役を使うものなのだが、ユン・ソクホ監督はそうしなかった。「高校時代と10年後の姿が違うと、あまりにギャップが大きくなってしまう」というのが理由だった。
■子役を使わない利点
……どう演じれば、普通の高校生のように見えるのだろうか。
ペ・ヨンジュンなりに、いろいろと工夫を試みた。その中で、特に心掛けたのが、目の演技だった。
言いようのない孤独、出自に対する猜疑心、異性への恥じらい、大人への反抗、初めての恋の喜び、純粋すぎる感性……。そうした10代の情感をペ・ヨンジュンは目の動きで表した。
もちろん、29歳が17歳を演じるのだから、映像の上で違和感が残るのは仕方がないことだが、それでもペ・ヨンジュンが演じた高校生には、「本当にこういう子がいるんだろうなあ」と思わせる真実味があった。だからこそ、『冬のソナタ』は初恋を追憶するドラマとして大成功したのである。
ユン・ソクホ監督の意図は、本当に正しかった。
仮に、高校時代のチュンサンに子役を使ったとしたら、視聴者はこのドラマにあれほど感情移入できただろうか。多少の無理は承知のうえで、ペ・ヨンジュンが高校時代と10年後の両方を演じたからこそ、初恋への追憶はあれほど真に迫っていたのである。それは、高校時代と10年後を同じく演じたチェ・ジウも同様だった。二人はまさに最高の共演相手を得たといえるだろう。
■自分をさらに生かす道
『冬のソナタ』の撮影は、2001年12月12日に南怡島(ナミソム)で始まり、2002年3月18日の外島(ウェド)で終わった。
3か月以上にわたった撮影で、ペ・ヨンジュンはずっと疲労の極致にいた。南怡島での撮影時から風邪で高熱を発し、以後は睡眠不足と極度の寒さにさいなまれ、心身ともに休まるときがなかった。
しかし、終わってみれば、本当に大きな果実が成っていた。
放送に合わせてその場しのぎの撮影が連日続いたのに、完成してみれば『冬のソナタ』は放送史上に残る傑作になっていた。しかも、国内だけではなく、アジア各国で熱狂的に受け入れられ、主人公を演じたペ・ヨンジュンは韓流のトップスターとして絶大な人気を得るようになった。
ペ・ヨンジュンもしみじみ思ったことだろう……朝起きてみたら人生が劇的に変わっていた、と。
まったく予想外のことが起きるのが人生だとしても、ペ・ヨンジュンの周囲で起こった変化は想像の限界をはるかに越えていた。
「もはや、このからだは自分だけのものではない」
『冬のソナタ』以後のブームの中で、ペ・ヨンジュンは常に「ファンに支えられる自分」を強く意識するようになった。
そんな自分の人生を振り返るたびに、ペ・ヨンジュンは「あのとき」のことを思った。それは、アメリカから戻って、その後の進路について葛藤した日々のことだ。
あのとき、違う選択をしていたら、自分にはどんな人生が待っていたのか。
恩人に報いたいと『冬のソナタ』への出演を決めたのだが、結局はそれが自分をさらに生かす道となった。
損得ではなく、人間としての情を大切にする……そんな人柄があればこそ、ペ・ヨンジュンの前に新しい世界は開けたのである。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
(ロコレ提供)
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■レット・イット・ビー
ロサンゼルスで英語の語学学校に通ったり、きままに街をブラついてショッピングをしたり……。心からリラックスしている間に時間はどんどん過ぎ、彼が韓国に戻ってきたのは10月3日だった。なんと3か月あまりにわたる長期休暇になってしまったわけだ。
しかし、この時間は本当に貴重だった。
アメリカの自由な風に触れたことで、ペ・ヨンジュンの演技に対する姿勢も微妙に変わってきた。たとえていえば、ビートルズの名曲のタイトルにもなっている『レット・イット・ビー』の心境というべきか。つまり、「あるがままの自分」をもっと表現してもいいのではないか、ということだ。そんな気持ちになったのも、アメリカで大いに刺激を受けたからだ。
韓国にいると、ペ・ヨンジュンは俳優として高い評価を得る一方で、どうしても窮屈な生活を余儀なくされる。しかし、アメリカでは周囲の視線を気にする必要がまったくなかった。
しかも、アメリカの人々は、誰もが自由にふるまっていて、本当に楽しそうだった。
常に自分らしくあること。
そのことをペ・ヨンジュンはアメリカでの生活で強く実感したのである。
■3つの分かれ道
2001年10月3日に帰国したペ・ヨンジュンは、早い段階で次のステップを選択しなければならなかった。
彼が不在の間、映画やドラマの関係者から数多くの出演依頼が届いていた。その中で、ペ・ヨンジュンが最も関心を示したのがKBSとMBCからの提案だった。ただし、成均館(ソンギュングァン)大学に在学中だっただけに、学業に専念したいという気持ちが強かったのも事実で、ここからペ・ヨンジュンの葛藤が始まった。
そのあたりの事情を、2001年10月9日付けの「イルガン・スポーツ」は次のように報道している。
「トップスターのペ・ヨンジュンが分かれ道に立った。それも、3つの行き先について葛藤しているのだ。まずは、学業に専念すべきなのか、あるいは、俳優活動を再開すべきなのか。しかも、俳優活動をするなら、KBSとMBCのどちらかを選ばなければならない。苦悩は深いと言える」
「1998年に成均館大学の映像学科に合格が決まってから、しばらく俳優活動を中断して学業に全力を尽くしたペ・ヨンジュンだけに、授業に出席することも俳優活動に劣らないほど重要なことなのだ。けれど、放送・映画界から注がれる愛情も非常に大きいので、簡単に心を決めることができない」
「もし次回作を決めようとしても、苦悩はまだ続く。KBSドラマの『愛の挨拶』で彼をスターダムに押し上げたユン・ソクホ監督が、来年初めに予定しているミニシリーズでペ・ヨンジュンと一緒に仕事をすることを望んでいるのだ。また、MBCのキム・サヒョンPDも、同じ時期に放送されるミニシリーズでペ・ヨンジュンが主演することを願っている。恩人とも呼べるユン・ソクホ監督と、義理があるMBCとの間で、葛藤するしかないような状況なのである」
■MBCには義理があった
様々な記事がスポーツ新聞を賑わせている中で、ペ・ヨンジュンはまず学業より俳優活動を優先させることを決断した。それは、アメリカで得た俳優としての感性をぜひ実際の撮影現場で試してみたかったからだ。「オール優」を獲得するほどペ・ヨンジュンは学業に熱心に取り組んできたのだが、しばらく休むことにした。
こうなると、次の決断は「KBSにするか、MBCにするか」ということだ。
実際、ペ・ヨンジュンはKBSで育てられた俳優と言っていい。『愛の挨拶』でデビューしてから、『若者のひなた』、『パパ』、『初恋』、『裸足の青春』と、ずっとKBSのドラマに出演していた。特に専属契約を結んでいたわけではなかったが、ペ・ヨンジュンはデビューから自分を引き立ててくれたKBSに心から感謝し、ずっと同局のドラマに出演していたのである。
ただし、『裸足の青春』以後、ペ・ヨンジュンとKBSの間がギクシャクして、彼が内定していたKBSのドラマを降りるという出来事もあった。
KBS側は「ペ・ヨンジュンが共演者のキャスティングに口を出してくる」と不満をもらし、ペ・ヨンジュン側は「誤解であり、口を出したことはない」と弁明したのだが、両者の関係は修復できなかった。
しかも、KBSのあるPDは「今後はペ・ヨンジュンをKBSのドラマに出演させない」と明らかにしたこともあった。
こうした状況の中で、ペ・ヨンジュンはKBS以外で初めてのドラマに出演することになった。それが1999年の『愛の群像』であった。「イルガン・スポーツ」が記事の中で「義理のあるMBC」という表現を使ったのもそのためである。
■恩人に報いたい
恩義のある2人のPDから出演依頼を受けて、ペ・ヨンジュンも大いに迷った。
ここで、もし、ペ・ヨンジュンがMBCを選んでいたら、果たしてその後の韓国ドラマの展開はどうなっていただろうか。
日本で韓流ブームが起きたきっかけは、誰もが指摘するように、『冬のソナタ』の放送だった。特に大きかったのはペ・ヨンジュンの主演ということ。彼のたぐいまれな魅力が韓国ドラマのイメージを飛躍的に高めたことは間違いない。
けれど、もし『冬のソナタ』がペ・ヨンジュンの主演でなかったとしたら……。
おそらく、日本での韓流ブームも違ったものになっていただろう。それだけに、ペ・ヨンジュンが『冬のソナタ』への出演を決断したことが、本当に大きな分岐点になった。
それでは、なぜ、ペ・ヨンジュンはKBSを選んだのか。
2人のPDを比べるわけではないが、やはりデビュー時に自分を育ててくれた人は特別なのである。その恩に報いたいという気持ちも強かったし、俳優としての自分自身の成長を名監督に見てもらいたい、という思いも募っていた。
それゆえ、シナリオをまだ読んでいないにもかかわらず、ペ・ヨンジュンはユン・ソクホ監督の作品を選んだのだ。
同時に、チェ・ジウとの共演も心強かった。1996年に『初恋』で共演しているとはいえ、当時はまだ2人とも新人に近い立場だった。それから5年。名実ともにトップ俳優となったペ・ヨンジュンとチェ・ジウの共演はメディアでも大々的に報じられて、大いに注目を集めた。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
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05月21日 22:27WoW!Korea
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『冬のソナタ』のシナリオを読む練習が行なわれたとき、ユン・ソクホ監督はペ・ヨンジュンに久しぶりに会ったのだが、「彼は俳優として風格が出てきた」と率直に感じたという。(写真提供:OSEN)
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2001年12月8日、『冬のソナタ』の出演者が集まり、シナリオを読む練習が行なわれた。このとき、ユン・ソクホ監督はペ・ヨンジュンに久しぶりに会ったのだが、「彼は俳優として風格が出てきた」と率直に感じたという。
■高校生役に挑戦
風格……。
このとき、ペ・ヨンジュンは29歳だった。デビューしてから7年が経っていた。寡作ではあったが、常に全身全霊を傾けて出演作に取り組み、作品ごとに多様な演技スタイルを身につけていた。
しかも、その年の夏にはアメリカで3か月あまりを過ごし、見聞を広めることで人間的にも幅広い素養を身につけていた。
そうしたすべての要素が、ユン・ソクホ監督が言うところの「俳優としての風格」に結びついていたのである。ペ・ヨンジュンにとって、まさに『冬のソナタ』は20代の最後を飾るにふさわしい作品だった。
ただ、心配な点があった。それは、学生服を着て高校生役を演じるということだった。韓国ドラマの常識からいえば、そういうときは子役を使うものなのだが、ユン・ソクホ監督はそうしなかった。「高校時代と10年後の姿が違うと、あまりにギャップが大きくなってしまう」というのが理由だった。
■子役を使わない利点
……どう演じれば、普通の高校生のように見えるのだろうか。
ペ・ヨンジュンなりに、いろいろと工夫を試みた。その中で、特に心掛けたのが、目の演技だった。
言いようのない孤独、出自に対する猜疑心、異性への恥じらい、大人への反抗、初めての恋の喜び、純粋すぎる感性……。そうした10代の情感をペ・ヨンジュンは目の動きで表した。
もちろん、29歳が17歳を演じるのだから、映像の上で違和感が残るのは仕方がないことだが、それでもペ・ヨンジュンが演じた高校生には、「本当にこういう子がいるんだろうなあ」と思わせる真実味があった。だからこそ、『冬のソナタ』は初恋を追憶するドラマとして大成功したのである。
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ペ・ヨンジュンもしみじみ思ったことだろう……朝起きてみたら人生が劇的に変わっていた、と。
まったく予想外のことが起きるのが人生だとしても、ペ・ヨンジュンの周囲で起こった変化は想像の限界をはるかに越えていた。
「もはや、このからだは自分だけのものではない」
『冬のソナタ』以後のブームの中で、ペ・ヨンジュンは常に「ファンに支えられる自分」を強く意識するようになった。
そんな自分の人生を振り返るたびに、ペ・ヨンジュンは「あのとき」のことを思った。それは、アメリカから戻って、その後の進路について葛藤した日々のことだ。
あのとき、違う選択をしていたら、自分にはどんな人生が待っていたのか。
恩人に報いたいと『冬のソナタ』への出演を決めたのだが、結局はそれが自分をさらに生かす道となった。
損得ではなく、人間としての情を大切にする……そんな人柄があればこそ、ペ・ヨンジュンの前に新しい世界は開けたのである。
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