2月14日(月)
- - Tango show (Los 36 Billares)
前の週は大きなステージを続けて観ましたが、この週は主にライブハウス通いをすることに。月曜日は以前から気になっていた宿近くのタンゴバー「Los 36 Billares」に行きました。バレンタインデーはもちろんアルゼンチンにもあり、その名も「El dia de los Enamorados」、恋人たちの日?・・・なんとストレートな。かなりハードル高いですね。しかし部屋でじっと過ぎるのを待つこともできず結局1人で店に入りました。海外に1ヶ月もいるとそれなりにチャレンジャーになれるもんです。
編成はダンサー2人と歌手、そしてギタリスト。男性ダンサーと歌手がMCを進め演奏はギター1本のみという構成、こちらにとっては勉強になります。ニコラス・トローノのギターはタンゴの名曲をシンプルなアレンジで弾いています。それが発揮されるのは歌手のアレハンドロが歌いだした時。彼が本当に気持ちよく歌っているのはニコラスが絶妙なタイミングで刻んでいるからで、デミアン&シセラのダンスもギター1本で完璧、まいりました。ダンスはステージ上でなくフロアでのサロンスタイル、かなり至近距離まで来てくれました。
バレンタインデーということで各テーブルにも「どこからいらっしゃいました?」とMCフリ。とうとう自分のところにも来たので「Tokio」と答えると「Tokio de Japon !?」一気に視線を浴びてしまいました・・・ただ小さなライブスペースのいいところはこういうコミュニケーション。お客で行った時に出演者と知り合うチャンスがあり、なぜメンバーの名前を知っているかというと、翌日全員とFacebookでつながったからです(笑)。
Gisela&Chiei?
2月15日(火)
- - Chango Fariaz Gomez & Micaela Farias Gomez
2月17日(木)
- - Festejo del cumpleaños de Eduardo Lagos
2月18日(金)
- - Willy Gonzalez (jazz & pop)
3日間同じライブハウス通い。行きたいライブがこんなに集中して観られてうれしいです。火曜日はChango Farias Gomezのライブを見に行きました。CD で何度も聴いているアーティストで、店のスケジュールを見てきました。娘のMicaela Farias Gomezと、若手のバンドと一緒の演奏。チャンゴの歌は一度聴いたら忘れられない存在感、ミカエラの声はとても透き通っていてまたすばらしいです。終演後チャンゴさんにごあいさつしたところ、「明日ラジオがあるから出てくれ」といきなりのお誘い。結局その話は流れてしまい残念でしたが・・・直接コンタクトがあると展開がとにかく早いです。
Chango&Micaela Farias Gomez
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木曜日は実は誰の誕生日か分からず・・・とにかくたくさんの出演者がエントリーされていたので気になって来てみました。店のオーナーが最初のMCで何かの歴史を話し始めたので、最初オーナーのお誕生日だと思っていたのですが、(後日Daijitoさんから教えてもらって)映し出された昔の写真は2009年に亡くなったピアニストのエドゥアルド・ラゴス、そしてハイメ・トーレスの2ショットでした。生誕記念だったんですね。招待されたミュージシャンは多くがピアニストで、サンバをモチージにしたインプロだったり、思い切りジャズだったりと楽しいです。そして主賓でハイメ御大登場。こんなに間近でみられて幸せでした。しかしさすがマエストロ、終わると大拍手の中たくさんのファンにかこまれながら静かにすっとお店を出て行かれました。去り方もまた熟練の技です。
Eduardo Lagos&Jaime Torres
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金曜は6弦ベーシストのウイリー・ゴンサレスが登場。今回アルゼンチンに来たらぜひ聴きたいと思っていたアーティストの1人です。新しいトリオでギターのカルロス・サンチェス、バンドネオンのクラウディオ・ガンドルフォとの3人。オリジナル曲とゲストボーカルを迎えてのカヴァー曲をおりまぜながら、あっという間のステージ堪能しました!ウイリーのベースはまるでギターのように2重奏、そしてチャカレーラまで普通にリズムを刻んでいてびっくり。この日ようやく気づきましたがギタリストだったんだ!新しいCDも販売していたのでさっそく購入。サインをしてもらいこちらからもCDをプレゼント。ライブハウスにいるとつい外交モードになってしまいますが幸せな夜でした。
Willy Gonzalez
2月19日(土)
- - Jorge Gordillo (Peña a desalambrar)
前の日曜日のハイメ・トーレスのコンサートの時に兄ちゃんたちがチラシをまいていて受け取ったら「ホルヘ・ゴルディージョ」と書いてあってびっくり。実はバイオリン奏者のホルヘ・ゴルディージョさんとはコスキンでフアンカたちと滞在したペンション(ドミトリー)でなんと相部屋でした。ホルヘのバイオリンと部屋で遊んだこともありその後メールでもやりとりしていたのですが、これは行かなくては。ちなみにホルヘは以前ハイメ・トーレスのバンドメンバーでした。
中心部から少し離れたフローレス地区へ。すでに予約がかなり入っていたみたいなのですが、たまたま前方に空いている席があってよかったです。中央に広いスペースがあり参加者が自由に踊れる状態になっています。最初にサンバの初心者ミニレッスンがあったのですが参加する勇気がなく見学。先生が「では音楽に合わせてみましょう」と音源がかかると、たどたどしく足を動かしてたはずのお父さんたちが急にハンカチをセクシーに振り舞い始めます。これぞアルゼンチン、この日は出ていかなくてよかったかも・・・
だんだん「ペーニャ」らしくお客さんはどんどん踊りモードになっていきます。しばらく待っているとホルヘ登場。すぐ近くのテーブルだったのであいさつするといきなり「一緒にやろうよ!」「いえ今日は聴きに・・・」「いいから、ギターは僕のを弾いてくれ」その場でゲスト出演が決まってしまいました・・・
ステージが始まるとさすがにバイオリンのキレが違います、チャカレーラで踊らせる踊らせる。しかもギターに持ち替えて歌まで、さすがです。こちらもチャカレーラは下手ながらも数曲踊りでフロアに出ました。
10曲ほど進んだところで長MC。なんとなく来るかと思ったら本当にフリ、舞台上に呼ばれます。もちろん何を弾くかは決めてなかったのですが「コスキンで弾いた曲だよ」とそのままスタート。サンバの「La callejera」をホルヘのリードで1曲、お客さんからもう1曲!のリクエストがあり「ソロをやってくれ」とまたしても無茶ぶり・・・間はあけられないのでやるしかありません、きっとみんなですぐできる「Perfume de carnaval」でホルヘとコーラス。これもコスキンで現場力を身につけた成果?かもしれません。1ヶ月前の出会いとこの日の再会。この夜に共演できてとてもうれしかったです。
Jorge Gordillo
2月20日(日)
- -“Señales De la Tierra”
- -“La Guardia Salamanquera”
(San Miguel)
この週末はコスキンで出会った人との再会が続きます。フアンカ、ファビオの友人のダンサー、エステラと待ち合わせ。お兄さんの家に向かいます。「少し遠いのよ」とタクシーとバスを乗り継ぎ約1時間。バス停まで迎えに来てもらいました。
エステラからお兄さん~オスカルの家族が音楽一家と聞いていたので楽しみにしていました。食事をごちそうになった後、先日オスカルの子どもたちの出演したバンドのビデオ鑑賞。人のビデオは楽しく観られても自分のはそうはいきません、キーボードとケーナ担当のソル(姉)、ドラム担当のカンデラリア(妹)はかなり恥ずかしそうにしてましたが、勢いのあるステージでとても楽しかったです。後で知ったのですが出演したフェスティバル会場には1万人(!)いたそうでしかもこの後チャケーニョ・パラベシーノが出演する日、きっと大変だったと思います。
ビデオが終わったころ続々と友人が集まってきました。ギターのルベンとエルナン、ボーカルのルシアとセレステです。この日の夕方から出演するイベントがあるそうでリハ開始。こちらはすっかりカメラ担当になってます。なんとなく落ち着いたところでギター遊び。私もチャカレーラやサンバを歌っていましたが、これがまたしても伏線になったようです・・・
みんなで移動して同じくブエノスアイレス近郊のサン・ミゲルに向かいます。広場ではすでにお祭りが開かれていてセッティング。平均年齢10代?のバンド「Señales de la tierra」はすでに完成されているので、さすがにこの日は演奏はないと思い引き続きカメラ担当。立ち姿がすべて画になっていてうらやましいです。
まず先にルベンとソルのドゥオからスタート。リハのときは静かにギターを弾きコーラスしてたルベンがソリストに変身。がんがん弾き歌い始めます。またこれぞアルゼンチン・・・ソルもケーナ、キーボードと持ち替えながらアシストしてとてもいい感じです。
Ruben
Sol
バンドが入ります。本来「Señales~」はルシアとセレステの2トップだそうなのですがこの日はセレステが本番に出られずルシアがトップボーカル、ルベンがコーラスにまわりました。きっと子どものころからシーズン中はこういう野外会場での演奏経験は豊富。とてもいい雰囲気のステージでした。
Candelaria
Hernan
Lucia
続いてオスカルたちのバンドが準備。オスカルはベーシストで、セッティング様子を撮っていると「4曲目あたりで呼ぶから」とまたしてもフリ。こちらはすっかり撮影モードだったので半分冗談と思いつつ一応腹づもりはしておきます。
オスカルたちのバンドはさすがに手練れのメンバーぞろい。こちらに来てからいつも思うのですが、アルゼンチンの、特にチャカレーラを得意とするミュージシャンは野外での演奏を基本にしていると思うくらいエネルギーを発散してます。広場の奥まで届き、かつみんなを踊らせるそのパワーはすごいです。
Oscar
さて4曲が終わりました。オスカルがこちらをチラッと見て話し始めたので決心がつきました。ステージに入り紹介を受けます。落ち着いているつもりでしたが後で動画を見たらオスカルの話している間手を組んだりもんだりしててなんとも・・・昼間のビデオを観たソルとカンデラリアの気持ちになります。
自分のギターは一応持って来ていたのですがセッティングする時間はないので借りて、これもきっとみんなでできる「Hermano Kakuy」(フアンカ作詞の曲でサンティアゴでは最もポピュラーなチャカレーラの1つ)からスタート。気がついたら心から楽しんでいました。これも1月の修行?のおかげです。
またしても「もう1曲!」をもらったので昨日に続き「Perfume de carnaval」ここではいつ誰とでもできてしまうくらいの名曲です。すっかりゲスト扱い、主催者の方から記念品までいただいてしまいました。なんともすごい週末。今回の旅で出会う、再会する方たちの紹介力とフォロー力に助けてもらいっぱなしです。また最高のプレゼントをいただきました。
(追記)2012.1.6
ラスト一週間 (2011年2月20日〜27日)
残り1週間となるとどうしてもカウントダウンしてしまいます。2ヶ月は長いような短いような微妙なラインです…でも思えば、これだけの期間をアルゼンチンで過ごせたことはとても貴重な時間だったと思います。

最終的な予算も見えてきたのでCDなどおみやげもまとめ買い。部屋でレポートを書いていると、ちょうどオスカルー家が市内に出てきているという連絡をもらってこちらの宿で合流、街歩きしながら先日のフェリアの余韻にひたります。夜の風もだんだん涼しくなってきました。2月の終わりに合わせてこちらでの夏はもうすぐ終わるんですね。

さらに、ブエノスアイレスに来ていた友人のTomokoさんから「タンゴ歌手のKaZZmaさんが来てる」という話を聞きました。KaZZmaさんとは以前東京でご一緒したことがありずっとごぶさたしていたのですが、なんと滞在期間がほぼ一緒、帰国日まで同じでした。こちらの宿で待ち合わせてさっそく帰国までのプランニング。空港までの足はレミースをシェアできることになりました。ボカ地区の劇場にタンゴのショーを見に行ったり、Kazzmaさんのギター探しに同行したり、さらに2人の方の連絡先を紹介いただいたり、おかげさまで急にイベントづくしになりました。

KaZZmaさんとギター探しの旅
まず紹介いただいたのは理髪店のオーナーでもあるギタリストのウーゴ・リーバス。帰国2日前、髪もボサボサになってきたタイミングというのが幸運でした。お店におじやましてスタッフの方に髪を切ってもらいながらお話してCD交換、そのCDがものすごかったです..もっと早く来ていたらきっとレッスン志願をしていたと思います。

髪を切ってさっぱりした夜、オスカルからアサドの招待をいただきました。宿まで迎えに来てもらって、車でお宅へ。ファミリ一や友人も集まって肉を焼き、ギターを弾き歌います。アルゼンチンでこれまで出会った人は紹介してもらってあいさつした時点で「アミーゴ」に、家に招待してもらった時点で「ファミリア」のように接してくれます。お別れするのではなく、また「いつでもおいで」の言葉が本当にうれしかったです。

翌日、今度はサンティアゴ滞在中に出会って連絡をとっていた歌手のマリア・デル・カルメンからアサドに招待いただきました。1月にレコーディングのため家族でサンティアゴに来ていて、フアンカとスタジオをたずねています。マリアにも宿に迎えに来てもらってしまいました。急に何人も宿に来るようになったのでフロントの兄ちゃんもきっとあやしい日本人と思ったことでしょう,

Maria del Carmen
地下鉄で最寄駅まで移動、そこからさらにタクシーで。暗くなるまで時間があり、また週末だったので近所の広場へ。カルナバル(カーニバル)が近いので、いろんな広場でイベントが開かれるようになっています。
ご主人のマルティン特製のアサド。肉のボリュームがまたすごいです。友人のバンドネオン奏者のルベン・ゴメスも合流して、食事後はまたステージに。もともとアコーディオンを演奏していてバンドネオンを弾くようになったそうで、指が動く動く。帰国直前にまたすごいミュージシャンと出会ってしまいました・・・。

Ruben Gomez
帰国日の昼、KaZZmaさんから紹介いただいたもう1人の方と会うことができました。谷口庄平さん。1960年代にコスキン・フェスティバルに出演し、アルゼンチンに長年在住されている、もう伝説的な方です。実は以前にも他の方から何度も紹介をいただきコンタクトを試みていたのですが、ようやく念願かないました。午後にすぐ空港に移動できる準備をしてからタクシーを拾い、いきなりお宅におじゃまします。部屋に通していただきます。すると谷口さんいきなりギターを取り出し、ロサウラさんと歌ってくださいました。もう感激です・・・


谷口庄平さん&ロサウラ・シルベストレさん
その後食事までご一緒することに。最終日の勢いってちょっと魔法がかかっているようです。谷口さんがこれまで経験したこと、最近日本に帰国した時の話、そして瀬賀さんのこと…・・とにかくお会いできたことが幸せでした。


私にとっては滞在ラストにして3日連続のアサドでした
おわりに
2011年2月に無事帰国した当時はまだまだ書きたいこともあり、もう少し落ち着いたらと思っていたとこる、3月11日の大震災があり・・結局何も書けずにそのままにしてしまいました。さらに自分の中でこの旅のことをある意味「冷凍保存」してしまっていたのですが、Facebookでアルゼンチンのたくさんの友人からお見舞いのメッセージをいただいて、仙台の「ロス・ミドラス」の植松さんたちとも連絡がとれて、KaZZmaさんとも東京でライブをご一緒することができて、そしてこうしてレポートをアーカイブして・・・自分の中からようやく解凍することができたような気がします。そしてこの年を乗り切ることができたのはこの2ヶ月があったからだと思いました。2011年の初めにこんなすばらしい旅ができたことにあらためて感謝・・・また再会できる日を心待ちにしています!
(2012.1.6)