千葉商科大学大学院教授の吉田寛氏。
今の日本の政治は、散々ばら撒きをしておきながら、それを賄うためにさらに増税をして
国民に負担をかけるやり方をずっと行ってきています。
国民は、国の借金があるから増税やむなしと思いこまされていますが、借金は国民の借金ではなく
政府の借金であるのですから、国民がさらなる負担を負うのはおかしな話です。
日本国民もいい加減騙されるのは終わりにして、政府を監視し、意見していくように
しなければいけません。
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街角の景況感、東日本大震災級の低水準となる 政府の「合法的強盗」を止める方法とは?
2019.11.11
ザ・リバティWeb
https://the-liberty.com/article.php?item_id=16460
消費増税が行われて1カ月が過ぎた11日、内閣府は、街角の景気を示す「現状判断指数」(季節調整値)が、前の月に比べて10ポイント減の36.7ポイントだったことを発表した。この水準は、東日本大震災後の2011年5月以来、8年5カ月ぶりの低さとなった。
震災級の悪影響を与えたと言える消費増税。これに対し、長年、減税政策を訴え続けている会計学者のインタビュー記事を再掲し、税金の意味や財政改革のあるべき姿について考えてみたい。(※2018年4月号本誌記事を再掲。内容や肩書きなどは当時のもの)
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千葉商科大学大学院教授
吉田 寛
プロフィール
(よしだ・ひろし)1957年生まれ。2003年に千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。現在、同大学院会計ファイナンス研究科教授。千葉県のハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)でも教えている。公会計研究所および自由経済研究所代表。専門は公会計。著書に『公会計の理論―税をコントロールする公会計』などがある。
――トランプ米政権は大型の税制改革を行っています。
吉田氏(以下、吉): レーガン政権(1981~89年)以来の大減税です。理想的な財政運営としては、アメリカの第30代大統領、クーリッジ(在任1923~29年)をあげるべきでしょう。クーリッジ大統領は、「必要以上の税を集めるのは合法的強盗だ」と述べ、減税と政府支出の削減を行い、さらに財政の黒字化にも成功しました。
アメリカ・第30代大統領(在任1923~29年)ジョン・カルビン・クーリッジ・ジュニア。所得税の最高税率を戦時中の73%から25%に引き下げた。富裕層に対する所得減税としてはアメリカ史上で最大となる。
税金には国民の同意が必要
サッチャー元英首相からの激励
2010年9月、ロンドンで開催されたWTA(世界納税者連盟)で講演を行った際にサッチャー氏より激励を受けた。
――なぜ「合法的強盗」が可能になったのでしょうか。
吉: 民主主義を標榜する国であれば、政府は「国民の承諾」があって、はじめて税金を徴収することができます。専制国家では、一人の専制君主が勝手気ままに課税するので、納税者の恨み辛みは専制君主に向かいます。
民主国家では、バラまきを求める貧しい人が多ければ、富裕層からお金を巻き上げる「略奪」法案が議会で認められ「合法化」されてしまいます。貧しい人の声が優先され、「納税者の承諾」は形ばかりになります。これを本当の民主政と言うのでしょうか。
1789年にフランス革命が起き、主権と権力が分離しました。つまり、主権と権力を一身に担っていた専制君主は排され、国民が主権者となりました。フランス人権宣言の第14条は、「国民は税金の有効期限についても規定することができる」と定めています。「とりあえず3年間やらせて駄目だったら、統治者に税金を払うのはやめよう」というオプションを用意していたのです。
73年に、イギリスの植民地だったアメリカに住む人々が同意のない紅茶への課税に反発してボストン茶会事件を起こします。それが76年のアメリカの独立宣言へとつながりました。
日本でも、納税者が税をコントロールすべきだという自由民権運動が起きました。明治6(1873)年、板垣退助が東京・銀座に「幸福安全社」を創設し、翌年に「民撰議院設立建白書」を左院に提出します。この中で板垣は、「政府に対して租税を払う義務のある者は、すなわち、その政府のことを預かり知り、可否する権利を有する」と主張します。
政府に対して税を払う人は、政府の仕事を知り、政府の事業をやめるべきか否かを決める権利を持つ、としたのです。
いつまでたっても資金が足りないという社会保険料を払ったり、いくら預かったかも満足に記録されない年金に対して、「それはおかしい」とか、「政府に任せるのはやめる」と言う権利が、主権者にあるのです。本来、主権者である私たちが政府をコントロールすべきです。
それができないのであれば、建白書が書かれた明治7年よりも遅れた民主主義社会を生きていると言えます。時間が進んだからといって、日本の民主主義が進化するのではありません。
改正すべきは9条よりも90条
吉: 明治15(1882)年、板垣の自由民権運動に抗うことができなくなった伊藤博文は、あるべき憲法を求めて、プロイセンのグナイストに学びます。グナイストは、外交や軍事、財政に議会の口を挟ませてはいけないと伝授します。伊藤はこれに従います。
こうして行政の会計責任が抹殺された大日本帝国憲法第72条ができ、現代の日本国憲法第90条に受け継がれているため、戦後も、役人が予算をコントロールし、国会議員が事実上、口を出せないようになっています。民主主義を掲げるのであれば、9条よりも90条を変えるべきです。
マーケットの力を信じよう
――政府の介入を小さくすべき理由を教えてください。
吉: 買い物をする時に、たくさんの品が揃えてある店は魅力的ですよね。多様性がマーケット(市場)の魅力なのです。余り物とか、変わり者とか、そういったことに価値を見出すところがマーケットなのです。
交換することによる効用は、マーケットの拡大と共に増えていきます。
豊かさは、他人の成功を"利用"することで生まれます。マーケットは余剰を豊穣に変えます。自分にとっての余り物が他人に価値があれば、交換をすることでより豊かになるのです。
――マーケットに政府が介入するとどうなるのでしょうか。
吉: 豊かさは、気持ちの問題です。10俵のお米のうち、4俵を税金として取られたら、交換に当てられるのは残りの6俵です。税として取った政府の仕事に価値がなければ、それは略奪です。よい交換をして「ありがとう」に変化するはずだったお米は「悔しい」という気持ちに変わっていきます。プラスがマイナスになるのです。
このところ、政府は国民所得の半分を使っています。国民が「ありがとう」と言えない使い方をしているなら略奪です。略奪が横行するとマーケットから取引は消えていきます。経済の成長は止まり、やがて衰退していきます。税を負担しても経済がなんとかなるのは国民所得に対して25%くらいまでです。
経済が疲弊している時に減税したのはクーリッジ大統領ばかりではありません。仁徳天皇は、民家のかまどから煙が立っていないのを見て、3年間すべての税を免除しました。3年後、煙が立つようになったのは、政府が略奪を止めたからなのです。
以下、詳細は本サイトでご覧ください。
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