・若干ホラーチックなお話
・意味不明系
・だけどパラレルとかそういうことじゃない
朝起きたら右腕がなかった。最初見たときは自分が寝ぼけているんだと思って驚くことはなかった、けれど顔を洗っても少しストレッチしても朝ご飯の準備をしていても、右腕は私の視界から一向に戻ってこない。なくなってしまったはずなのに、痛みはない。感覚もない。何もない、まるで以前から私の右腕は存在しないかのようだった。おかしいな、左腕はいつも通りあるのに。
解けない疑問に少し困惑しつつも完成した紅茶をすすって、そこで気づく。いつものようにカップの取っ手を持って飲んでいるこの行為を私は何の支障もなくこなしている、けれど作業する際に必要な右腕は今ここには存在しない。存在しない右腕の代わりに左腕が動いているのかと思って見てみたけど、私の左手は何も掴んでいない。依然として右腕と右手は行方不明のままだ。
そうか、右腕はないけれど、確かにあるのか。おかしなことではあるけれど、カップが浮かんでいて飲みたいときには自分の口まで移動しているんだから、つまり、そういうことなんだ。
(よく分からないけど、そういうことなのかな)
(そういうことがどういうことだか、サッパリ分からないけど)
結局何も分からずに紅茶を飲んで、ないはずの右腕でご飯を食べて、片付けようと台所に持っていく途中で連絡が届いた。確認しなくても分かる、任務の誘いだ。片付けが終わったら後はやることなんてなかったから「行きます!」と即答して、その後に思い出す。今私の右腕がないことを。
しまったな、と思ったときにはもう通信は切れていた。断るべきなのかと考えて、数秒後にはまあいいかと途中だった食器運びを再開する。
(もしかしたら、皆も腕がなくなることくらい当たり前なのかもしれない)
そうだ、私が知らないだけで、皆にとってはいつものことなのかもしれない。いっそのこと尋ねてみようかな、と考えながらたてかけていたソードを掴んだ。ないはずの右手が掴んだソードは宙に浮いて、背中に移動する。その一連の動作に、何の変わりも支障もない。さっき紅茶を飲んだときもそうだ、右腕は確かにないはずなのに、本来ならあるはずの「不自由さ」が何処にもないんだ。
(おかしなこともあるものだなあ)
******
待ち合わせの時間より少し遅れて到着した。なくなった腕のせいで着替えが困難に…という理由ではなくて、どの服を着ようかと悩みに悩んだ結果だ。これもいつもと変わりない、から皆は遅れてやってきた私に「遅いぞ」というだけだ。
そう、それだけだった。立ちすくむ私のいつもとは違う雰囲気に、他のメンバーが心配そうによってきた。
「どうしたの?何か悩み事でもあるの?」
そう尋ねてくるメンバーの後ろからもう一人、私の元へ駆け寄ってきた。彼女も少し心配そうに私の顔を覗き込む。
「悩み?それとも体調悪いのかな?もしそうなら、無理しないほうがいいよ」
仲間からの優しい言葉に、大丈夫!と笑みと一緒に答えた。なんてことない、いつもの私に戻ったと思われたんだろう。何かあったら言ってねと気にかけてくれた後は、いつもと変わらない空気が戻ってくる。任務を受注し終えてやってきたメンバーが最終チェックをすませる光景も、変わらない日常だ。
なのに腕は一向に日常へ戻ってこなかった。皆と話している最中に戻ってくるんじゃという予想(希望とも言う)は外れた。
何より予想外だったのが、皆、私のなくなった腕について全く触れなかったことだ。見えていないのは私だけということなのか、はてまた「腕が存在していない」ことが普通なのか。どれだけ考え込んでもさっぱり分からなかったので、思い切って尋ねてみることにした。
最終チェックも終わらせ、あとはキャンプシップへ飛び乗るだけというときに、おかしなお願いをする。
「…お願いがあるんだけど」
「ん、何何?」
「右腕、掴んでみてくれるかな」
私の突然のお願いに、少し首をかしげながらも彼女は手を伸ばした。細い指は、掌は、何もない空間を掴む。感じるはずの人肌は、どんなに神経を巡らせても感じることが出来なかった。
******
あの後、早く来いとキャンプシップに既に入ったメンバーに急かされて、二人で慌てて中へと入った。それからは特に何もなかった。ないはずの腕が背中に装備していたソードを掴み、引き抜いて、エネミーを斬りつける。
誰も異変に気づかない。何も変わらない光景の中で、私だけ違和感を感じるなんて、本当におかしいなと思った。思いながら、いつものように振る舞う。斬られて消えていくエネミーたちの最期と、今の私の存在しない腕に似たものを感じて少し怖くなった、それ以外は私も同じだった。
任務が終えてからも、変わりはこなかった。痛みも冷たさも熱さもないので、夜には腕がないことさえも「いつものこと」で片付いてしまいそうだった。
だけど非日常の終わりはとても呆気ないものだった。次の朝には、右腕が戻ってきたのだ。念のために腕と頬をつねる。もちろん、痛い。そこでやっと、非日常が、おかしさが消えたのだと実感することが出来た。
チームルームで怪我していないはずの右腕を擦り続ける私に、メンバーは昨日と同じように首をかしげる。その顔を見て、昨日聞くはずだった質問を投げかけた。
「昨日はごめんね、突然。実は突然腕がはなくなっちゃって~」
ケラケラと笑う私とは対照的に、彼女は不可思議だと言わんばかりの表情だ。
「・・・腕がない?ナユちゃんも義手だったっけ?」
「義手?違うよ」
彼女の片腕は義手だということは前に聞いたことがある、けれど私の手は、腕は両方とも血が通っている。最初彼女の言っている意味が分からなかったけれど、少し考えれば何となく分かった。突然私が「腕がない」なんて言ったから、腕がない=腕が外れたと思ったのだろう。確かに義手や、もしかしたらキャストもそういったことがあるのかもしれない。だけど私の両腕は取り外しなんて出来ないし、私はキャストじゃない、ヒューマンだ。
しばらく彼女と話をしたけれど、どうも話が上手くかみ合わなくて、お互い首を傾げ続けるという可笑しな展開となってしまった。任務があるから行かなくちゃ、と行ってしまった彼女の背中に、つき合わせちゃってごめんと手を合わせて謝った。彼女との話はかみ合わなかった、けれどそのことで分かったことは、やはり皆には私はいつも通りの、両腕のある姿が見えていたということと、腕がなくなるなんていう奇怪現象に遭遇したことはないということだ。チームルームで一人、じゃああれは何だったんだろうと考えに考えても、答えは見つからない。楽観的な私の頭は、まあいいかと事の真相を徹底追及することをやめた。腕が現れた、いや見えるようになったんだから、それでいいじゃないか。そうだ、次に腕がなくなったときに考えればいいことだ。
次なんて、あるのかな?
日常に消えた腕
楽観的な私でも、その仮説を笑って否定することが出来なかった。