
「フレデリクスボー城」 は、
現在 「The Museum of National History 国立歴史博物館」 と
なっています。


『クリスチャン4世』 が、父 『フレデリック 2世』 から
受け継いだ城を、およそ20年の歳月をかけて北欧一の城に
つくりあげた 「フレデリクスボー城」 ・・
(12月29日のブログ参照 )

『クリスチャン4世』 の逝去後 (1648年)、
「フレデリクスボー城」 は、
戴冠式など王室の公式行事に使われるようになりました。
1720年には、
長年の宿敵スウェーデンとの平和条約 『フレデリクスボー条約』 が
ここで締結されました。

Frederik VII
フレデリック 7世 (1808年ー1863年)
フレデリック 7世は、デンマーク王国最後の絶対君主です。
即位後直ちに、
デンマークの立憲君主制国家への移行を認めた国王です。
言い換えれば、デンマーク王国最初の立憲君主です。
フレデリック 7世は、
1850年代から 「フレデリクスボー城」 を居城としました。

1859年、「フレデリクスボー城」 は大火災に見舞われ、
城の大部分が消失してしまいます。
立憲君主となった 『フレデリック 7世』 に、
修復のための資金調達に必要な絶対的な権力は最早ありません。
そこで、ひとりの企業家が登場します。

Jacob Christian Jacobsen
ヤコブ・クリスチャン・ヤコブセン (1811年ー1887年)
デンマークを代表するビール = 『Carlsberg カールスバーグ』
の創業者です。 (創業は1847年)
篤志家としても知られていたヤコブセンは、
「フレデリクスボー城」 の修復のために
多大な資金援助を申し出ます。
彼の願いはただひとつ ・・
デンマークの歴史を守ることだけでした。
援助に際し、彼は歴史を守ることの大切さを強く説いたと
伝えられています。

ヤコブセンの願いは叶い、
「フレデリクスボー城」 は 『国立歴史博物館』 として
後世に遺されることになりました。

20世紀に入り、『カールスバーグ』 は王室御用達の名誉を授かり、
王冠のマークを使用することが認められました。
余談ですが、『カールスバーグ』 と同じ頃、
アメリカで運送会社として創業した (1850年)
『アメリカン エキスプレス』 も、
創業以来、歴史的遺産を守るべく活動を実践しています。
1983年には 『NYの自由の女神像修復キャンペーン』 を実施し、
アメックス カードを一回使う度に
1セントが基金となるという仕組みで、
わずか3ヶ月間でおよそ170万ドルもの資金を集め、
『自由の女神像』 の修復を行いました。
『自由の女神像』 は、およそ100年ぶりにリニューアルしました。
jfk-world