準爺のたそがれブログ

大河ドラマ渋沢栄一と我が町 終り

・・・この辞任は本藩丸亀の知事朗徹の意思表示より一か月早かった。丸亀藩が丸亀県に生まれ変わったのに対し新政府は多度津藩を倉敷県に吸収させてしまう。明治4年2月5日高典36歳という充実した年のことであった。高典は東京に移住するにあたり旧藩士達に1,150両の金を贈り永年の苦労を報いた。東京移住の荷物を積んだ温泉丸が高典が東京に着いた日に荷物共々遠州灘で暴風雨の為沈没、貴重な藩の記録や家宝が沈み思わぬ損害を被った。その後多度津は丸亀県に、香川県に、名東県に、愛媛県にそして今の香川県と目まぐるしい変換を見せるのである。高典はその後明治17年に子爵、同23年に貴族院議員となり国政に参与し、明治39年10月71歳で生涯を閉じた。
‥追伸:大河ドラマと関係あるのは、多度津藩が習った砲術の先生が大河に出てきた高島秋帆です。・・終わりです、ありがとうございました。今日も充実した日を送れました感謝です。
  
  庭に咲く花

コメント一覧

gontarotukiyo
明治維新当時の慌ただしい世相が伺えられるでしょう・・。
ブーゲンビリア
多度津が海を越えて倉敷藩とは⁈
知らない歴史があるのですね。
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