絆!高崎市群馬商工会女性部のブログ

働く、学ぶ、遊ぶ、元気な商工会女性部の活動や報告を紹介。上州名物空っ風に負けないウーマンパワーで頑張ろう!

こうずけこくぶんじまつり

2018-10-26 17:44:51 | もとぐんままち どんなまち

東国文化祭『第9回 上野国分寺まつり』

平成30年10月28日(日)午前9時~

上野国分寺(こうずけこくぶんじ)跡

(高崎市東国分町~前橋市元総社町、西毛広域幹線道路北)

 

高崎市群馬地区、東国府町からおとなり前橋市元総社町にまたがる国の指定文化財『上野国分寺跡』

上野国分寺遺跡愛好会の活動から始まった国分寺まつりも9回目を迎えました。

県内外からたくさんの見学者が訪れる、きらびやかで豪華絢爛な天平衣装を再現した総勢200名を超える行列や歴史劇は

まるで悠久の世界、まほろばの歴史絵巻物の中に入り込んでしまったかと思わせます。

 

また、今回は高崎市の地域重点事業であるとともに、

県の『魅せる群馬の文化応援事業(東国文化の魅力発信、地域文化資産の魅力発信)』の対象としての実施ということで

来場者の方々に宮廷貴族の衣装を着付け体験していただけるコーナーをはじめ、工夫を凝らした展示になっているそうです。

 

 

そして国府地区と言えば全国に名高い国府白菜、国府にんじんなどの地元野菜や飲食物の販売、

国府産野菜の豚汁無料配布など美味しいテントも多く出店予定です!

ぜひ悠久の世界へ、そして現在も発掘調査が継続している、国の指定文化財をぜひご覧ください!

 

(タカタイより)


祝!3位入賞!!

2018-10-16 17:38:30 | もとぐんままち どんなまち

『第1回群馬HANI―1グランプリ』

"埴輪大国" 群馬県内で出土した埴輪の中から100体のエントリーがあり、県内の博物館やインターネット投票が行われました(投票期間:2018年7月18日~9月17日)。

 

 

 

10月14日(日)に開催された「群馬古墳フェスタ」にて投票結果が発表され、
高崎市群馬地区にある保渡田古墳群から出土した ″盾持ち人埴輪″が3位入賞しました!👏👏👏
オメデトウゴザイマース!!💐㊗✨🎉




はにわの里夏まつりの会場でおなじみの保渡田古墳群。
会場あちこちで盾持ち人埴輪のレプリカを見た方もいらっしゃると思いますが、
他の盾持ち人の追随を許さないカラフルさとインパクトある表情で票を集めました(たぶん)!

 

はにわの里夏まつりといえば、群馬商工会女性部では盾持ち人埴輪のフォトプロップスを手作りし、

 

来場者の思い出作りに華(ハナ)ならぬ埴輪(ハニヮ)を添えました(早口で読んでください)。

 


1位の″笑う埴輪″(藤岡市下毛田遺跡から出土)や
2位の"ぐんまちゃん埴輪"(前橋市粕川町白藤V-4号墳から出土)と並んで
今どきの人気者の条件はやはり『写真映え』ですかね!高崎市文化財保護課の担当者さんもバッチリ映えてますね!


そんな盾持ち人埴輪を擬人化したイベント『第9回 かみつけの里古墳まつり』は10月21日(日)午前10時から
会場はもちろん 上毛野はにわの里公園で開催されます!



八幡塚古墳からかみつけの里博物館、二子塚古墳まで広く使ってさまざまなワークショップ、古代米やこんにゃくの試食、

 

地元農家自慢の農産物直売と飲食物の販売、そして王の儀式再現の会による再現劇!

 

博物館学芸員から歴史をレクチャーされた会員たちが衣装から小物(王冠・武器・勾玉・鏡・服飾品など)まで手作りし、古の厳かな儀式を再現します。


 



え?盾持ち人を埴輪にしたのが盾持ち人埴輪だから、擬人化とは言わないって?
え?そもそもメインは盾持ち人じゃなくて王の儀式だって?


そ、そっか!
失礼しましたぁ!


『第9回かみつけの里古墳まつり』

平成30年10月21日(日)午前10時~
上毛野はにわの里公園(かみつけの里博物館)
高崎市井出町1514


ぐんま青空マルシェの会場近くには

2018-07-07 15:30:24 | もとぐんままち どんなまち


高崎市群馬地区出身の詩人、山村暮鳥の詩碑があることにお気付きでしょうか



『月』  山村暮鳥


松にも


椎にも


ほのかな風の翳がある


しいんとして・・・・



月の匂いが


とめどなく


    ながれる



群馬県内で一番最初に建てられた暮鳥の詩碑はマルシェ会場のお向かい、ソシアス駐車場の片隅にあります


もともとは旧群馬町立中央中学校(現ソシアス)敷地内南側に建てられましたが、中学校校舎移転工事に伴い現在地(敷地内北側)に移されたようです



隣にある建碑の記には


山村暮鳥が1884(明治17)年、群馬県西群馬郡棟高村(現高崎市棟高町)に生まれ、


1924(大正13)年に茨城県大洗町で40年の生涯を閉じるまで詩壇に影響を与えたこと、


そして暮鳥を敬慕する人々の浄財と、水戸の暮鳥会より送られた稲田御影石に暮鳥自筆の詩を刻し


暮鳥と芸術を慕う会と後世の人々に遺すために昭和33年12月に建碑されたとあります





中央中学校の足門校舎が昭和33年6月に落成したその年に建てられたようです


当時の中学生は、どんな思いでこの詩と建碑の記を見ていたのでしょうか


 



群馬県群馬町(高崎市群馬地区)と茨城県大洗町は暮鳥の縁によって40年以上にわたる文化友好交流をしており、


そのつながりでぐんま青空マルシェには大洗町からのキッチンバスや海産・農産物販売のテントが出ています


そして今や大洗といえば『ガルパン(ガールズ&パンツァー)』!


ガルパンのキャラクターグッズ販売が来たこともありました





キリスト教の伝道師として各地を転々とした山村暮鳥の詩は生涯の間に作風がどんどん変わっています


フランスの詩人ボードレールに心酔した時期、萩原朔太郎や室生犀星とともに活動した時期、


詩壇に変革をもたらそうと先鋭的な表現を用いた時期、キリスト教の神からの自立を模索した時期、


そして病に侵され自身の余命と向き合ってからの自然礼賛・人間愛を明るく簡潔に歌った晩年・・・




『おなじく (雲)』


おうい雲よ


ゆうゆうと


馬鹿にのんきさうぢやないか


どこまでゆくんだ


ずつと磐城平の方までゆくんか


・・・・・



亡くなる直前まで暮鳥が精魂込めて製作した詩集『雲』に収録されている詩には、上州弁が入っています




山村暮鳥の詩碑は県内外各地にありますが、高崎市群馬地区に限って言えばここのほかに



「風景 純銀もざいく」


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


いちめんのなのはな


かすかなるむぎぶえ


いちめんのなのはな


・・・・・


(保渡田町の県立土屋文明記念文学館敷地内詩碑)





『三人の処女 独唱』


かはたれの


そらの眺望の


わがこしかたの


さみしさよ。


そのそらの


わたり鳥、


世をひろびろと


いづこともなし。


(棟高町の堤下公園内詩碑)




ぜひ一度、暮鳥の詩に触れてみてください




群馬温泉やすらぎの湯

2018-06-14 17:04:39 | もとぐんままち どんなまち

やすらぎの湯のお風呂は何度も入ったことがありますが
足湯は初めてでした!


ロビーから見た足湯です


中庭にあります
いい雰囲気でしょ!


花火大会の会議終わりに
女性4人でおしゃべりしながらの足湯
楽しかったです



小上がりにあったかわいいクッション


群馬温泉やすらぎの湯