・・・・「ああ浴衣があったわ」とひとり言。吉岡はまたもや身支度に手間どれて
はと少しやけな調子で「いいじゃないか」と言ったが、駒代は博多の伊達巻の端す
でにとけかかったのをそのまま手早く解きすてるとともに此方に向いたなりで肌襦
袢重ねたままに蛍草の長襦袢ぱっと後へぬぎすてたので、明るい電燈をまともにう
けた裸身雪を欺くばかり。吉岡はわれを忘れて、駒代が浴衣を取ろうと折りかがん
で伸ばす手をいきなり掴んでぐっと引き寄せた。
不意に引かれて女は、「あらあなた。」と思わずよろめき、むっちりと堅肥りの肌
身横ざまに倒しかけるをこなたはちょうどよく腕の間に受け留めたなり抱きすく
め、少しもがくのを耳に口よせて、「駒代。七年ぶりだな。」
「あなた、これっきりじゃひどくってよ。後生ですから。」と女はもう駄目と思っ
てか蔽うものもない裸身の恥ずかしさに早や目をつぶった。
それなり二人は言葉を絶した。男の顔は強い酒でも呑んだように一際赤く腕や頸の
青筋が次第に高く現われて来る。
女はもう死んだよう、男の腕に頸を支えさせた顔ほとんど倒にして銀杏返しの輪も
ぶらぶらとするばかり。乳房あらわなる胸の動悸のみ次第に高く烈しくさせると、
それにつれて結んだ唇はおのずと柔らかに打ち開けて奇麗な歯の間からほの見せた
舌の先何とも言えぬほど愛らしい。
男はつと顔をよせて軽くその上に自分の唇を押しつけた。女の頸を支えた片方の腕
はすでにぬけるほどの重さを覚えるまでも男はじっとそのままにしていたが、やが
て唇のみか乳房の先耳朶のはし、ねむった瞼の上、頤の裏なぞおよそ軟らかい女の
身中にもまた一層軟らかく滑らかなところを選んで、かわるがわるその唇を押しつ
けた。女の息づかいはそのたびたびに烈しく、開かれた口と鼻からは熱しきった呼
吸がほとぼしり出て男の肩にかかる。
駒代はついに苦しむような声とともに横にした片足をばわれ知らず踏み伸ばして身
を反すとともに今まではただ畳の上に投げ出していた両手に男の身を此方からも抱
きかけたが、熱い呼吸の烈しさいよいよ烈しくふたたび唸るような声を出すにつれ
てその手には恐ろしいほどな総身の力をこめて来た。
ばたりと櫛が落ちた。その音に駒代はふと瞼を半眼に開いて見てはじめて座敷中の
明るさに心づいたのか声を展わせて「貴女。電気を消して、よゥ。」
しかし男の接吻にその声は半ばにして遮られた。女はもう蔽うものなき身の恥ずか
しさを気にするよりも今はかえっていよいよ迫るわが息づかいの切なさ。男が手を
下すを此方からせがむらしい様子。吉岡は静かにその腕から女の身を下へと寝かし
て麻の掻巻を引きよせたがしかし電燈は決して消さなかった。吉岡はおのれという
男性の力のもとに女がむしろ死を叫ぶまで総身の快感に転々悶々するその裸体とそ
の顔その表情とをはっきりと隈なく熟視しようと思ったのである。
これまで経験したうちでの一番濃厚な実況やら、またこれまで見た浮世絵師の絵本
の中での一番不自然な形やらを、われとわが眼にゆっくりと目撃しようと冀ったの
である。
永井荷風の数ある小説のなかでもこれだけ露骨に描写したのは珍しい
大正時代では発禁になったのもむべなるかな、これは私家版によるもの
はと少しやけな調子で「いいじゃないか」と言ったが、駒代は博多の伊達巻の端す
でにとけかかったのをそのまま手早く解きすてるとともに此方に向いたなりで肌襦
袢重ねたままに蛍草の長襦袢ぱっと後へぬぎすてたので、明るい電燈をまともにう
けた裸身雪を欺くばかり。吉岡はわれを忘れて、駒代が浴衣を取ろうと折りかがん
で伸ばす手をいきなり掴んでぐっと引き寄せた。
不意に引かれて女は、「あらあなた。」と思わずよろめき、むっちりと堅肥りの肌
身横ざまに倒しかけるをこなたはちょうどよく腕の間に受け留めたなり抱きすく
め、少しもがくのを耳に口よせて、「駒代。七年ぶりだな。」
「あなた、これっきりじゃひどくってよ。後生ですから。」と女はもう駄目と思っ
てか蔽うものもない裸身の恥ずかしさに早や目をつぶった。
それなり二人は言葉を絶した。男の顔は強い酒でも呑んだように一際赤く腕や頸の
青筋が次第に高く現われて来る。
女はもう死んだよう、男の腕に頸を支えさせた顔ほとんど倒にして銀杏返しの輪も
ぶらぶらとするばかり。乳房あらわなる胸の動悸のみ次第に高く烈しくさせると、
それにつれて結んだ唇はおのずと柔らかに打ち開けて奇麗な歯の間からほの見せた
舌の先何とも言えぬほど愛らしい。
男はつと顔をよせて軽くその上に自分の唇を押しつけた。女の頸を支えた片方の腕
はすでにぬけるほどの重さを覚えるまでも男はじっとそのままにしていたが、やが
て唇のみか乳房の先耳朶のはし、ねむった瞼の上、頤の裏なぞおよそ軟らかい女の
身中にもまた一層軟らかく滑らかなところを選んで、かわるがわるその唇を押しつ
けた。女の息づかいはそのたびたびに烈しく、開かれた口と鼻からは熱しきった呼
吸がほとぼしり出て男の肩にかかる。
駒代はついに苦しむような声とともに横にした片足をばわれ知らず踏み伸ばして身
を反すとともに今まではただ畳の上に投げ出していた両手に男の身を此方からも抱
きかけたが、熱い呼吸の烈しさいよいよ烈しくふたたび唸るような声を出すにつれ
てその手には恐ろしいほどな総身の力をこめて来た。
ばたりと櫛が落ちた。その音に駒代はふと瞼を半眼に開いて見てはじめて座敷中の
明るさに心づいたのか声を展わせて「貴女。電気を消して、よゥ。」
しかし男の接吻にその声は半ばにして遮られた。女はもう蔽うものなき身の恥ずか
しさを気にするよりも今はかえっていよいよ迫るわが息づかいの切なさ。男が手を
下すを此方からせがむらしい様子。吉岡は静かにその腕から女の身を下へと寝かし
て麻の掻巻を引きよせたがしかし電燈は決して消さなかった。吉岡はおのれという
男性の力のもとに女がむしろ死を叫ぶまで総身の快感に転々悶々するその裸体とそ
の顔その表情とをはっきりと隈なく熟視しようと思ったのである。
これまで経験したうちでの一番濃厚な実況やら、またこれまで見た浮世絵師の絵本
の中での一番不自然な形やらを、われとわが眼にゆっくりと目撃しようと冀ったの
である。
永井荷風の数ある小説のなかでもこれだけ露骨に描写したのは珍しい
大正時代では発禁になったのもむべなるかな、これは私家版によるもの