徳川家康が幼少時代、ここで学んだと伝えられています。

全国を平定した徳川家康は、
中国や朝鮮との国交回復を目的に国書を交換して友好を図ることにしました。
慶長12年(1607)、第一回目の、朝鮮通信使の一行を、
家康は清見寺でもてなし、宿所として使用しました。
その後も宿泊所として使われた清見寺は、朝鮮で大変有名な寺となったそうです。

広島県福山市の福禅寺、岡山県瀬戸内市の本蓮寺と共に
朝鮮通信使遺跡として国の史跡に指定されています。
昨日紹介した、清水港興津FAZフェアにあわせ、市民が、朝鮮通信使を再現し、
興津駅から清見寺まで歩きました。











※11月13日、箱根西坂を一緒に歩いてくださる方を募集しています。
「参加できそう」という方は箱根西坂を歩きませんかの記事にコメントくださいネ。
URLは、コチラです。
https://www.youtube.com/watch?v=oRfaMOw63CE
動画、拝見いたしました。
以前も思ったのですが、なんか、行事自体の知名度が低いようですね。
行列の参加者たちも、緊張感がないようで、以前も思いましたが、ちょっと残念です。