羽生結弦という一大叙事詩
※画像は公式からおかりしました
羽生結弦 notte stellata、3日間Hulu配信で鑑賞しました!
1日目は後半からしか観れなかったのですが、2日目は3.11ということもあり彼の様子や演技にも深い悲しみと鎮魂の色が濃く、スピーチの途中でも感極まって涙ぐんでしまって心揺さぶられました。
そして最終日の今日、千秋楽ということもあってか周回の後「ダイナマイト」のキレキレダンスのアンコールもあり、自分でも言ってましたがつとめて楽しく華やかに終わりました。
最後のスピーチで、「自分の幸せを削ってでもスケートに人生を懸けます。どうか信じてください。」というような趣旨のことを言っていて、12年たっても彼にとっては生涯忘れられないこの出来事を背負っていくことを自分に課したのだなぁと思いました。そしてそんな神との契約かのような言葉を放った彼の顔には静かなほほえみと真摯な決意が感じられました。
これほどの決意表明なのです。信じてついてきて欲しいと言っているのです。「俺は全部を差し出すのだから、そっちも全力でついてこい!」と言っているようで見守る側としてもうかうかしていられないことだなぁと心配になってしまいました。
個人的にはそんな自分の幸せを削ってまでなんていいのに・・・と思うのですが、やはり完璧主義で有言実行の彼の決めたことだから、きっとそうなるのでしょうね・・・。そんな彼が本当に危うくて、本当に神に愛でられて早くあっちへ呼ばれてしまいそうで切なくなります・・・
羽生結弦というのは改めて麻薬のようだと思いました。同じ振付でも全然違う、全身全霊をかけて表現する姿とパッションを目の当たりにすると、どんなに素晴らしいほかのスケーターを見てもとたんに輝きを失ってしまう。ものたりなくなってしまう。もっともっと羽生結弦を!となってしまう。
天才ピカソの周りにいた他の画家しかり、モーツァルトに相対するサリエリしかり、近づきすぎると心を焼切られてしまうかもしれない。あまりのことに耐えきれず場合によっては彼の命の輝きさえ奪おうとしてしまうかもしれない・・・そんな危うさを想いました。
まるで羽生結弦という事象の一大叙事詩を見ているかのようです。
たぶん、私はそこまでついていけない。今日そう感じました。遠く離れていっても強烈な光を放ちつづける彼を目を凝らしてみつめて、それでもついていく皆様の一喜一憂を見守っていくのが精いっぱいなのだろうなあと思うのです。
そしてそれは、わたしにとっては何度目かの悲しい決別。程よい距離感を探りつつ生あたたかく見守ることが出来ればと思っております。
それにしても周回時キングにさえも「こっちに来いよ!」とばかりに突き放し気味に促す羽生くんのあいかわらずのSっぷりよ・・・w 可憐にして苛烈・・・どこぞのおひい様みたいだなあ・・・w とニヨニヨしてしまいましたw