SIDE:B
「世界をとりますか。彼女をとりますか。」
自らを政府高官と名乗る男が言った。
「あなたは選ばなくてはなりません。あなたの恋人が死ぬことで、69億人の生命が救われる。逆に世界中の人間が全て死ぬことであなたの恋人は助かります。」
唐突だった。長々と説明を受けどうやら世界はそういう方向に動いているらしいと理解した。
「全てはあなたに選択権があります。我々はどんな選択であれ、あなたを支持するつもりです。」
おおよその状況は飲み込めた。僕が少し考えさせてくださいと呟くと政府高官を自称する男は名刺を置いて帰った。世界と僕の窓口は役所仕事のそれだった。
テレビも新聞も連日のように迫る世界の終わりのカウントダウンでひっきりなしだ。しかし、どこか理性的で気味が悪い。《彼》の意見を全面的に尊重すると。僕はケータイを取り出し彼女―夕子に電話をかけ、落ち合う約束をとる。いつものファミレスだ。ファミレスにつくと夕子がこっちこっちと手をふる。
「で、こういうことになっちゃったんだけど。」
「私はもういいよ。隆に出会えて、付き合えて、今こうしてお話ができてる。素晴らしい人生だったなんて言うと怒られちゃうけど、それでも好きな人に囲まれて死ぬのはとても素晴らしいことだと思うの。怖くないって言えば嘘になるけど、覚悟はできてる。だから、安心して。」
でも、と言う僕を遮り続ける。
「もちろん隆にとって辛い決断なのはわかってる。でも世界の皆が死んだ世界でひとりで生きていくなんて辛すぎるよ。だから、お願い。これが本当の最後のお願い。」
そう言って少し困ったように夕子は笑うのだった。
家に帰り、ベッドに転がり天井を睨みながら考える。
「世界がなんだ」
思わず呟いた。安っぽいドラマのようなこのシナリオは誰が考えたんだ。僕は彼女と2人っきりだったら何でもできた。そう、彼女が僕の世界なんだ。世界を失えば、僕は生きていけない。だったら――。ピンポンと呼び出し鈴が鳴る。ドアの向こうには先ほどの政府高官が立っていた。考えていただけたでしょうかと。
「考えるもなにも、結論は最初から決まっています。僕は彼女をとります。彼女と共に生きます。」
「そうですか。我々世界はあなたの意見を尊重します。そうですか。」
ため息まじりに続ける。
「これは、私の意見、なのですが、世界にひとり残された彼女は何を思うのでしょうか。」
「どういうことですか。僕と夕子の世界をあなたに心配される覚えはありません。」
「ですから、最初に申したように世界中全て一人残らず死ぬことが彼女の生存への道です。」
あ―――。
「こういっては失礼ですが、我々には代わりの恋人も手配する準備もできております。時間を要すでしょうがじっくり傷を癒すためのサポートもさせていただきます。」
いつもの僕なら激昂したに違いない。しかし、そのあまりにおおきな思い違いによるショックが大きく、あとは政府高官とやらに従うほかなかった。
「誰だって死にたくありませんからね。私にだって娘がいますし。」
その日僕は世界を守った。
僕は夕子という世界を失い、日々を無気力に過ごしていた。政府が僕にあてがった新しい恋人が身の回りの世話をしてくれるがそれすら無関心であった。彼女に話しかけられて相槌を打つだけの関係。そんな関係にも関わらず彼女は毎日僕の様子を見に来てくれる。そんな関係も今年で三年。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女に、僕は好意を抱きはじめていた。
「君の名前は。」
三年目ではじめて僕が口にしたその言葉に、彼女は驚き、照れ笑い、そして答えた。ここからがスタートですねと言って彼女は微笑んだ。その時ふと玄関の呼び鈴が鳴る。ちょっと出てくるよと彼女に言い玄関に向かう。どちら様ですかとドアを開けると、顔に覚えのある男が立っていた。
「突然申し訳ありません。ですが、あなたは選ばなくてはなりません。」
「世界をとりますか。彼女をとりますか。」
「世界をとりますか。彼女をとりますか。」
自らを政府高官と名乗る男が言った。
「あなたは選ばなくてはなりません。あなたの恋人が死ぬことで、69億人の生命が救われる。逆に世界中の人間が全て死ぬことであなたの恋人は助かります。」
唐突だった。長々と説明を受けどうやら世界はそういう方向に動いているらしいと理解した。
「全てはあなたに選択権があります。我々はどんな選択であれ、あなたを支持するつもりです。」
おおよその状況は飲み込めた。僕が少し考えさせてくださいと呟くと政府高官を自称する男は名刺を置いて帰った。世界と僕の窓口は役所仕事のそれだった。
テレビも新聞も連日のように迫る世界の終わりのカウントダウンでひっきりなしだ。しかし、どこか理性的で気味が悪い。《彼》の意見を全面的に尊重すると。僕はケータイを取り出し彼女―夕子に電話をかけ、落ち合う約束をとる。いつものファミレスだ。ファミレスにつくと夕子がこっちこっちと手をふる。
「で、こういうことになっちゃったんだけど。」
「私はもういいよ。隆に出会えて、付き合えて、今こうしてお話ができてる。素晴らしい人生だったなんて言うと怒られちゃうけど、それでも好きな人に囲まれて死ぬのはとても素晴らしいことだと思うの。怖くないって言えば嘘になるけど、覚悟はできてる。だから、安心して。」
でも、と言う僕を遮り続ける。
「もちろん隆にとって辛い決断なのはわかってる。でも世界の皆が死んだ世界でひとりで生きていくなんて辛すぎるよ。だから、お願い。これが本当の最後のお願い。」
そう言って少し困ったように夕子は笑うのだった。
家に帰り、ベッドに転がり天井を睨みながら考える。
「世界がなんだ」
思わず呟いた。安っぽいドラマのようなこのシナリオは誰が考えたんだ。僕は彼女と2人っきりだったら何でもできた。そう、彼女が僕の世界なんだ。世界を失えば、僕は生きていけない。だったら――。ピンポンと呼び出し鈴が鳴る。ドアの向こうには先ほどの政府高官が立っていた。考えていただけたでしょうかと。
「考えるもなにも、結論は最初から決まっています。僕は彼女をとります。彼女と共に生きます。」
「そうですか。我々世界はあなたの意見を尊重します。そうですか。」
ため息まじりに続ける。
「これは、私の意見、なのですが、世界にひとり残された彼女は何を思うのでしょうか。」
「どういうことですか。僕と夕子の世界をあなたに心配される覚えはありません。」
「ですから、最初に申したように世界中全て一人残らず死ぬことが彼女の生存への道です。」
あ―――。
「こういっては失礼ですが、我々には代わりの恋人も手配する準備もできております。時間を要すでしょうがじっくり傷を癒すためのサポートもさせていただきます。」
いつもの僕なら激昂したに違いない。しかし、そのあまりにおおきな思い違いによるショックが大きく、あとは政府高官とやらに従うほかなかった。
「誰だって死にたくありませんからね。私にだって娘がいますし。」
その日僕は世界を守った。
僕は夕子という世界を失い、日々を無気力に過ごしていた。政府が僕にあてがった新しい恋人が身の回りの世話をしてくれるがそれすら無関心であった。彼女に話しかけられて相槌を打つだけの関係。そんな関係にも関わらず彼女は毎日僕の様子を見に来てくれる。そんな関係も今年で三年。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女に、僕は好意を抱きはじめていた。
「君の名前は。」
三年目ではじめて僕が口にしたその言葉に、彼女は驚き、照れ笑い、そして答えた。ここからがスタートですねと言って彼女は微笑んだ。その時ふと玄関の呼び鈴が鳴る。ちょっと出てくるよと彼女に言い玄関に向かう。どちら様ですかとドアを開けると、顔に覚えのある男が立っていた。
「突然申し訳ありません。ですが、あなたは選ばなくてはなりません。」
「世界をとりますか。彼女をとりますか。」