私は勤務先では他に6人のセーネン達と輸送班に所属している。
字にすると大層な感じだが、やる事はトラック到着時の荷下ろしと積み上げ、更に整理済みの荷物の荷受プレハブから倉庫への台車を使っての移動が主である。
トラックは2トン車から10トン車まで様々。
多い時は1日に20台位にのぼる。
荷受時、トラックベイに着けられたトラックの後部が開くと、私達も仕度にかかる。
蛇腹状で台車の上部がローラーを連ねてあり荷物を転がし流す、いわゆるフレキシブルコンベイヤー、まあ私達は単にローラーと呼ぶが、こいつを指定の下ろし場所まで伸ばしてトラックから下ろす係り、間で流す係り、終点で積む係りに分かれて仕事は始まる。
下ろし場所が近ければテキパキ進むが、トラックベイの対角線の先が下ろし場所だったりすると間を流すのに手間がかかってペースが落ちる。
そんな時は助っ人を頼む。
荷受プレハブには私達が下ろした荷物を仕分けする係がおり、私達はプレハブ係と呼んでいる。
荷物が下りないと彼等の仕事は始まらない訳で、7人では手が足りない時には加わってもらう。
その中に彼はいた。
「何だぁあいつは?」
最初に言ったのはカジワラくんだった。
言われて私達がその指す方を見ると、確かに動きが違う奴がいる。
ローラーで荷物を流しているのだが、グッと踏み込み肩を入れて押し出す!
体重を乗せて繰り出した荷物は強烈な加速でローラー上をすっ飛んで行く。
飛んで行って、間隔を空けて立っている次のローラー係にブチ当たる!
或いは勢い余って脱輪・落下・転倒!
「荷物」「荷物」というが、本来真心込めてお運びする「お荷物」だというのに。
当然プレハブ係のリーダーが見咎め、
「スズキさん、もっと丁寧にやってよ!」
などと説教されたりしているが、一向に変化無し。
身長160センチ程で、血色のいい丸顔は眉は太くヒゲの剃り跡も青々と濃い。
ミスター長嶋みたい。
というより、そのモノマネのプリティ長嶋みたい。
以後、輸送班において、スズキさんは「プリティ」のコードで呼ばれる事となった。
それからしばらくしたある日、台車移動をしていると、プリティが空きダンボールを束にして運び出していた。
すると、何かにつまづいたかバランスを崩した彼は、ダンボールを取り落として悲鳴をあげた。
「アアッ、イヤン!」
私達の心に何か違和感が芽生えた。
それからしばらくしたある日、朝出勤した私がトイレに行くと、プリティもいて、顔を洗っていた。
洗面台の上には洗顔フォームにカミソリにシェービングフォームにアフターシェーブローションに、その他おハダによさそうなアイテムがズラリ。
何かよくないものを見た気がして私は内心ひるんだ。
その時ケータイの着信音が鳴った。
プリティだった。
プリティはケータイを取り出し、辺りを見回して出て行くのかと思ったら、個室へ入り、入った割には少しキーの高い声を張り上げて話し出した。
「あぁノン子ちゃン? 今仕事あがりなのぉ。ウン、こっちこれから。そー。明日面接でさ・・・」
朝から「今仕事あがり」な奴との会話に、ひるみっぱなしの私はそそくさとトイレを出た。
入れ替わりにトイレに行ったカクくんは更にその続きを聞いてきた。
怒っていた、という。
それも、何か運動部の先輩が後輩に説教するような理不尽さだったという。
「んもう、百叩きだからネ!」
とまで言ってた、という。
全員の違和感は高まった。
それからしばらくして、仕事が終わって帰り道。
狭い割に車通りのある道を7人は両側に分かれて、車やらバイクやら自転車をやり過ごしながらワイワイと歩いていた。
突然、カジワラくんが声をあげて道の先を指差した。
「プリティだ! 金髪長髪のカツラをつけてチャリで猛スピードで走ってった!」
既にそんな人影は見えなくなっていたが、カジワラくんは絶対に間違い無いと主張した。
プリティが去った方向は、明治通りから道なりに新宿3丁目に至るコース。
私達全員の違和感は頂点に達した。
おネエな悲鳴。
過度のスキンケア。
奇怪な電話。
怪奇な変装。
そして新宿3丁目方面。
最後のはつまり、新宿3丁目は日本最強のゲイバー地帯である、という事に起因する。
私も目視で確認したことはないが、そんな事は要求しないでくれ。
つまり、すべての状況証拠はプリティが「ゲイ」である事を示している、というのが全員の一致した見解だった。
しかし、物証が無い。
ワナにかけて自白に追い込もう、という意見もあったが、つーか意見したが誰がそれをやるのか、という1点がクリアできず、事件は暗礁に乗り上げた。
それからしばらくして、プレハブ係は契約終了とかで解散となり、プリティもまた去っていった。
そんなある日、私が台車を運んでいると、オバちゃんに呼び止められた。
荷受プレハブで働いていた職員のオバちゃんだった。
「ねぇ、写真できたからさ、スズキくんに届けておいてネ!」
有無を言わさず封筒を押しつけられ、私はやむを得ずそれを持って事務所に戻った。
封筒の中には1枚の写真が入っていた。
サービス版よりも1回り大きいその写真には、成人式みたいな真っ赤な晴れ着を身に付け、金のかんざしを粋に飾った人物が写っていた。
プリティ・スズキだった。
「大将・・・、やりましたね」
「ついに証拠が揃ったよカジワラくん。すぐに目暮警部に連絡してくれ給え!」
私も、カジワラくんも他の皆も、ゲイというものがいる事は知っていたが、曲りなりにも自分達が知っている人間がゲイとして立ち塞がる、という局面はいまだかつて無かった。
またしても世界の秘密を見てしまった思いだ。
「ところで大将、何で写真預かってきたの?」
「イヤ、本人に渡してくれッて、何か知り合い、ッつーか仲良しだったと思われてるのかな」
「そーなの?」
「全然ッ!!」
「でもそれッて何かまずくないスか?」
「・・・・・・、やはりそう思うかね?」
不意に窓から吹きつけて来た風は、どこか不幸の匂いがした。
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