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橋下市長

2013年01月27日 | 一言・つぶやき
橋下市長「出直し選」示唆…桜宮高募集継続なら(読売新聞) - goo ニュース

体罰の問題で指導のやり方が問題になっている

体罰が何処までが指導で、何処までが体罰そのものか?

部員にとっては厳しくされて伸びることを望んでいる人が多いと思う

勿論、保護者もそれを望んでいる

愛の鞭、その線引きが難しい

体罰、学校の体質、教育委員会の体質を考えると反対する意見が多いが

体育の向上を目指している人にとっては多くの人が賛成だろう

この問題は多数決では解決にはならず、

体育が教育の一環か、それともアスリートを目出す分野かによって結論は出るだろう

義務教育であるのか、そうでないかの分かれ目である

どちらにしても、人は悲劇が大きくならないと問題先送り、

日常考えないことが本来の原因である。


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3 コメント

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体育と暴行 (阿蘇地☆曳人)
2013-02-06 00:25:21
誤解であったら、ご指摘ください。

前提として、体育と指導者による指導対象者への肉体的暴力が切り離せないというお考えに立っておられるようにも読めてしまうのですが、この点につき、もう少し詳しく展開していただけないでしょうか?

体罰とは、懲罰的に、つまり、心理的反省を促す子音などをもく手に相手の身体に何らかの強制を加えることですが、身体づくりのためにエクソサイズの課題を与えることとは、まったく異なります。

この辺の区別が曖昧ではないでしょうか。
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訂正です。 (阿蘇地☆曳人)
2013-02-06 00:27:57
心理的反省を促す子音などをもく手に相手の身体に

→心理的反省を促すことなどを目的に相手の身体に
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Unknown (Unknown)
2013-02-06 13:35:09
阿蘇地さん コメント有難うございます。
過去からの習慣、指導者のやり方、そして指導を受ける人、
指導者に考え違いもあったのかもしれませんが、その人なりに信念を持たれていたと思います。体罰と言う意味では昔から問題になっていました。大きな問題、時代の流れで今まではニュースにならなかった事件もあったと思います。適度の厳しさは良い結果をもたらすし、個人個人で能力が違いますから指導する方は難しいと思います。
個人の能力は活かしたいし、平等に指導する必要もあります。
僕なら体罰はできないし、その結果、どういう成績になるかを考えると指導は出来ません。
この問題も希望する人、又は現場の意見で良い結論が出ることを願っています。



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